本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
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昼過ぎ頃に手術を担当した医師より退院日程の目安が伝えられた。
「今日でも、明日でも可です」とは言われたものの、「便通の不安定さ」と「術後の疼痛」の自覚症状もあることから、大事を取って明日の退院ということに落ち着いた。
同室のご高齢の方は80歳くらいの方が「大腸ポリープ切除」で、もう一人の88歳の方は「骨折」で共に糖尿病の既往症ありで共に「フレイル」が進行中のようにも見受けられた。
この方々に比べれば「盲腸癌の摘出手術」なんぞは、ある意味単純なもののようにも見えてくるのであった。

※2024年3月7日記述

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今月21日の緊急入院から連続9日間は経口での水分補給を含めた完全な絶食が続いていた。
無論点滴での水分と栄養の補給は行われていたのだが、それでも入院以前の体重約7kg減に加えて更に約4kgが減少して合わせて約11kgの体重減となってしまった。
そして本日の昼食からやっと「重湯」等による病院食が開始された。
「重湯」を食したのは多分70年ぶりのように思われるのだが、それにしても耐え難い超絶な不味さでもあり、その後これが2食続き「3分粥」「5分粥」「軟飯」と推移して、次第に普通の人間が食する食事へと近づいて行ったのである。

※2024年3月7日記述

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本日は今回の病巣の摘出手術の日であった。
朝9時には手術のための不織布製の衣服に着替えて、病院2階の手術室まで看護師の案内で徒歩にて移動。
そのあと直ぐに術後の痛み止めを兼ねた脊髄への麻酔が施され、次に手術用の全身麻酔が・・・と、この辺りで本人の記憶は途切れていた。
麻酔から次第に覚醒したのは4回のGCU室に移動した前後であったと記憶している。
手術に要した時間は正味で3時間余りであったようだ。
手術により摘出した消化器は結腸部分で約15cm、小腸の末端部分である回腸で約10cm、総重量は約700グラムほどであったようだ。
従って、上口結腸は凡そ半分ほどの長さに短縮され、これに付随している盲腸と虫垂も切除されている。
無論手術自体は成功していることが伝えられた。
なお、この日以降しばらくの間は腹筋の痛みと切除部分の疼痛が継続した。

※2024年3月7日記述

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この日はインフォームドコンセントによる手術の説明会

今までに耳下腺腫瘍摘出で完全麻酔で計7日間入院、右膝滑膜炎では下半身麻酔で計21日間入院という経験はある
今回はそれらとは比較にならないような遥かに重篤な容態かと
患者側の出席は本人と配偶者および長女ほか
術式は腹腔鏡下によるもので切除予定個所は回腸側約10cm、上行結腸側約10cm
その後回腸と上行結腸を縫合し付近のリンパ節を切除するというもので正味約3時間ほど

この日も晴れ渡り南西方向には8階病棟からは終日霊峰富士の全容が観望された
自宅が所在するであろう約5kmほど先の北西の方角にはオリコの本社ビルなどが克明に視界に広がっていた

なお前日の23日には長男と次男、さらには実兄が見舞いに訪れているということからも十分に想像がつくことから、それなりに正に今後の命運が託された説明会であった

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本日は「腹痛」「腹部膨満感」「便秘」「貧血」んどの諸症状により、掛かりつけのクリニックの紹介により近隣に所在する総合病院を受診した。
始めは「消化器内科」による診察となったが、腹部レントゲン撮影により「腸閉塞(イレウス)」の可能性が指摘され、急遽「消化器外科」へと回送。
腹部レントゲン撮影、腹部CT造影剤撮影などを経て「上口結腸」入口付近に腫瘍と推定される異物が確認された。
このためこの日以降「外科的手術」の日程調整が為され、この2日ほど後に26日朝イチでの手術日程が組まれることとなった。
なおこの日は「腸閉塞」に伴う消化器の破損による腹膜炎などのリスクを回避すべく、小腸の深奥部に至るドレーン処置が為され、外部のポンプを介して消化液等を吸い上げるという緊急処置が行われた。
このドレーン処置は弱い麻酔が施されるものの、鼻腔から約3m以上の細長い管を押し込まれるので、その痛みと苦しさは70有余年の人生の中で最悪のものであった。
合わせてこの処置は手術翌日の27日午前中まで継続したので、鼻腔・咽頭部の違和感・痛みは1週間継続することとなったのである。

※2024年3月7日記述

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