本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコなどの話題に終始しておりまする。なお2007年末から漸く群馬方面へと進出し、2008年6月には福島中通り方面、11月には栃木県南、12月には茨城県南、2009年2月には千葉県北部、5月には山形県村山地方と少しだけ領域を広げ始めております。              (2009/05/21 説明文更新)
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武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
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定年を過ぎました~
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「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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地元の斎場で「いちご」を見送ってから既に3日が経過
いろいろドタバタとしていたこともあり、もう随分と前のような感覚がする
当日の朝、近所のホームセンターで僅かばかりの供花を購入
花瓶は大きさの都合で、亡父の時の物を使用した

午後、斎場へと向かう前にダンボールに収めた「いちご」のまわりに小花を敷きつめた
花を一輪ずつ切っていると、たまらず目頭が熱くなった

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はじめて動物病院に行った日はものすごく憔悴して帰宅した
慣れない環境では極端に怖がりになった

二、三日もたつと元気になり家の近所を駆けずり回っていた
帰ってくるときには白い毛がいつもグレイに変わっていた
大の水嫌いなので長女と二人がかりの洗面台行水に

ついこの間のようにも思えるのだが、もう11年前のはなしになってしまった


  1歳1か月くらいの頃

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むろん朝夕の給餌などはいままで通り
違うのは母ネコの分だけになったこと

母ネコのポミ(推定12歳7か月)の食事はいまのところ安定している
これから訪れる暑い季節には毎年食欲が極端に落ちるので気をつけねば

「いちご」が天国に行ってしまってからポミの寝場所が変わったようだ
いままで一緒に寝ていた場所には余り近づくことはない
昼寝の時も夜の時も窓際の小さなベッドで休んでいる

相変わらず食事の時には「いちご」が亡くなった場所を見つめている
ご飯はこの12年ほど何時もなかよく分け合っていた姿が目に浮かぶ

もう分け合う相手も亡くなってしまったのだが遠慮しながら食べている
また飼い主のほうも亡くなった「いちご」の名前を無意識に呼んでいる


 2012年7月15日撮影

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午後2時半の新河岸川沿いの斎場
昨日旅立った「いちご」(雄ネコ12歳と9日)は
立ち上るひとすじの小さな「けむり」とともに天国への階段を登っていきました



初夏を思わせる陽光のもと
ときおり春風が吹き抜け
一株のセイヨウカラシナが
その旅立ちを見送るように揺れていた


「ポミ」(母ネコ12歳7か月)の夕食

旅立っていった子が寝ていた場所を何度も振り返りながら夕食を摂る
12年間いつも一緒だった子は昨日天国へと旅立った
亡くなる3週間前からは何時も食事をきれいに残した
ちょうど、いつも「いちご」の食べる分だけ

「いちご」が全く食べられなくなってからも
かならず食べやすいようにきれいに残していた
そして今日も

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いちご(雄ネコ12歳)が亡くなりました

午後5時過ぎ頃から徐々に体温低下
すでに意識はなく昏睡状態
時々前足が痙攣
呼吸も次第に間遠に
午後7時半頃永眠


    満3歳の頃

子ネコの頃、屋根から落ちて一時行方不明に
子ネコの頃、池に落ちて3日ほど家出
子ネコの頃、お隣の2階の屋根から降りられなくなった
階段を駆け下りたり登ったりするのが大好きだった

満3歳の頃、ふっと部屋から姿を消し2日ほど経って白ネコが灰色ネコになって帰宅
羽根のおもちゃが大好きで、遊ぶときには軽く人の背丈ほどジャンプできた
ノラ猫から母ネコを守り、とうとう追い出した時の雄姿
天井裏に隠れるのが大好きで、ごはんにつられてやっと降りてきた
部屋の引越をしたときにクッションの下に上手に隠れていた

いつも出窓の所で外の様子を眺めるの大好きだった
でも1年半くらい前から物音への反応が鈍くなっていた
今年の初めころから昼寝していることがおおくなった
先月の終わりころからお気に入りの出窓へは上がれなくなっていた

カリカリはもう食べられないので、ウエットタイプのごはんにしたら嬉しそうに食べてくれた
5日前には部屋の中を確かめるようにゆっくりと散歩してくれた
4日前の最後の食事は4口だけだった
亡くなる日の朝はトイレまでどうにか這って行っていってくれた

ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう

たくさんの楽しい思い出をありがとう

合掌

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昨晩、よわった容態のままトイレまで動いたらしい。
お気に入りの段ボール箱に入るという体力もなくなってきたようだ。
ネコベッドか足を引きずりトイレまでたどり着きそのまま昏睡状態に。
そっと抱き上げるとふわっと持ち上がってしまった。
そのままネコベッドへ移動。
まだ呼吸はあるが、毛皮越しの体温はだいぶ低下している。
ネコベッドに体を横たえ時々わずかに顔を動かしている。
母ネコであるポミは何処となく落ち着かずおろおろとしている様子が伝わる。
自力で水とごはんが摂れなくなってから約6日目の日を迎えた。
「いのちの炎」という言葉が脳裏をよぎる、「いちご」(雄ネコ12歳)


  1歳と10か月ころ

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いちご(雄ネコ12歳)
専用ゾーンから出たいそぶりを見せた

もう目がほぼ見えなくなっているらしい
サッシュのレールも跨ぐのが一苦労
ここで抱き上げて移動を介助

どうにか2部屋分約5mを自力歩行して座り込む
昨日あたりから飲まず食わず
再び抱き上げてお気に入りの段ボールへ

 
 2012年7月30日 撮影

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今月に入ってまもなく「いちご」(オス12歳)の体調が悪化。
そうしたなかでもお気に入りは小さな段ボールの箱で、昨年末あたりから昼寝の時には必ず丸くなって入っていました。

食欲は今月の初め頃から落ちていますが、一日の食事量は消化の良いウエットタイプのものをほんの少量くににするだけで、昨日あたりからは次第にトイレに行けなくなり始めました。
このため段ボールの切れ端を敷いてシーツ代わりにしています。
専用の食べやすい食事に切り替えてから約2週間が経ちましたが、来月半ばの長女の帰郷まで持つかどうか・・・

画像は2012年7月撮影のもの

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愈々「いちご(オス猫12歳)」の体調が思わしくはなく近所のどうぶつ病院へ。
血圧、体温がともに低く、食欲不振と水分不足もあり極度の衰弱。
エコー診断から消化器の腫瘍が判明し、すでに手の施しようのない状態に。
ここ10日間ほどの衰弱ぶりを目し、こういう最悪の事態は想定できていたとはいえやはり余命宣告はつらいものがある。


    生後5か月頃


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今日の朝食からほんの少し食餌すすみ、いくぶん回復しているようにも見える。
しかしその動作は以前に比べて鈍くなっている。

夕食代わりの高齢ネコ用ウェットタイプに切り替えてみたところ、おおいに関心を示し食いつきが良好で給餌用のスプーンをペロペロと嬉しそうに舐めてくれた。
たしかに2匹で50グラム+αは少ないけれど、ポミの方はもともと以前から吃驚するほどの小食。
仲よく分け合っているようなので、この食餌でしばらく様子見をしてみよう。

たぶん「いちご」の反応に変化が見られたのは一昨年の2015年10月頃からと記憶。
その頃から徐々にあまり物音に関心を示さず、視力も低下しているようになってはいた。
たしかに満12歳なので十分に高齢の範疇なので、今後もしっかりと容態を見守っていこう。

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