本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコなどの話題に終始しておりまする。なお2007年末から漸く群馬方面へと進出し、2008年6月には福島中通り方面、11月には栃木県南、12月には茨城県南、2009年2月には千葉県北部、5月には山形県村山地方と少しだけ領域を広げ始めております。              (2009/05/21 説明文更新)
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定年を過ぎました~
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「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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トータルアクセスカウンターが「1234567」の並びとなる瞬間を記録しておこうと思っていたのですけれども、夕刻前クリニックに通院しているうちに過ぎてしまいました (^^ゞ

さて、今のところ先月末から群馬県内ばかりを探訪していますが、実は昨年末頃までは虎視眈々と富山、新潟方面への遠征を企てておりました。
ところが2か月余りの頭痛騒動などが続いて計画は敢無く画餅と化しました。
挫折した計画だけは数多あり、何時でも出かけることのできる資料の用意のある個所(クリアフォルダーに整理済みのもの)は、富山、新潟、盛岡、福島、青森、滋賀、京都、兵庫のほか関東近県合わせると、どう少なく見ても2000か所ほどに達していたことが判明しました。
道理で机の後ろの天井まである書類整理棚(幅3m×高さ2.5m)が満杯になっている訳です。

冷静に常識で考えれば、どれほど頑張ったとしてもあと2000か所の探訪は不可能です。
どうしたものかと考え始めている一方で、マーキングと資料纏めが面白いのでどんどん群馬県内の探訪候補地が増えてゆくという悪循環に陥っております。

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昨日に発生したアクセス急増の関係でたまたま埼玉県分のインデックスを見ているとカウンターがちょうど10万件を指していました。
いちおう簡易重複制御機能付なので、PVに換算するとだいたい2倍から3倍くらいとなるのでしょうか。
サイト開設以来苦節14年・・・もとい最初の数年を除いて何の創意工夫努力もない14年です(^^ゞ


ご覧いただいた、あるいは勘違いして見てしまった皆様に深謝申し上げます <(_ _)>

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昨日の17時頃から拙サイトにアクセスが集中。
ユニークアクセスで6時間ほどの間に1000件を超えていた。
数年前に比べてこのところアクセスは低調安定傾向。
はじめは何かの間違いか、はてはカウンター故障とも。

少し調べてみて原因が判明。
今晩のニュース等でも伝えられていた古銭発掘が行われた「新井堀ノ内」(埼玉県蓮田市)に対するアクセスであった。
尤も拙サイトでの遺構名は「馬場堀ノ内」である。
しかし別名を「新井堀ノ内」とも呼称されている旨を付記していた。
間違いなくこれがアクセス集中の原因なのであった。

因みに今回の発掘に隔するニュース以外に「新井堀ノ内」に関する経緯背景を説明しているサイトは極めて少ないらしい。
すでに12年も前の2006年に訪れた個所ではあるが多少は役に立ったのかも知れないemoji

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2005年以降2010年までは毎年コンスタントに約100か所ほどの城館跡を更新していた。
しかし2011年は震災なども影響して40か所に激減した。
2012年から2014年までは城館関係の更新は皆無であった。
その後久しぶりに2015年になり5か所を更新した。
半年ほど間が空き2016年には40か所を更新。
2017年は3月から8月を除いて作業に専念し48か所を更新。
2018年は1月に21か所、2月が2か所と順調に更新が進んでいるように見えなくもない。
しかし何分にも近年は視力、気力、記憶力などの様々な能力の低下が顕著となってきている。
取敢えず目標は1000か所なのであるが、この数年間の更新作業を見る限りではどうも年間50か所くらいが限度であるらしい。
従って1000か所までは残り150か所なので約3年を要することとなる。
その時には生きていれば古稀なので、その辺りで色々な意味でひと区切りをつけることになるのだろうか?

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更新に伴う整理作業のためにいろいろと調べていったところ、次々と懸案事項が累積しました。

◎「大舘八幡宮」について
 南方約400mに所在する大舘八幡宮の縁起(※「新田一族の盛衰」(2003/久保田順一著/あかぎ出版)では大舘氏初代とされる家氏が勧請したとしているが、仮にこれが「現地説明板」に記されているように近世の建立(勧請あるいは再興か※この点について「角川日本地名大辞典」では「旗本(黒石藩立藩以前の津軽藩分家)津軽信敏の再建」としている)だとすれば大舘氏との関連性はどうなるのか)とその存在意義について

◎「近世津軽藩代官陣屋時代の実相」―陣屋支配の領域と代官陣屋の所在地

◎「その後氏明以降の大舘氏一族の事跡の記録―氏明の子であるとされている義冬(基本資料「大舘持房行状」)と氏清(基本資料「軍記関岡家始末」)ならびにその子孫の事跡とその記述内容に関する信憑性

等々次々と気にかかる懸案事項がいろいろと累積し始めてしまい収集がつかなくなっています。

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いちおう本業の方の中世城館跡関連のHPを編集中のこと
昨年11月に訪れた郡山市の「瓜坪館」について色々と調べているうち、ただひたすらに疑問が増幅する一方なので、まず参考になりそうなものは見つからないだろうと思いつつもいちおう「瓜坪館」でググってみた

案の定検索結果はお馴染みの広告宣伝などの項目が嫌というほどずらりと出現
ところが検索結果の少し下の方に行くと多少は参考になりそうなサイトがヒット
おっ物好きな人もいるものだと嬉々としてサイトを開いてみるとなんと自分のサイトであった(^^ゞ

もっとも郡山市富田町にも富田8館のひとつとして「瓜坪館」が存在したという「伝承」のあったことを確認できただけでも有意義なのかも知れない
しかし更新後2年も経過していないのにほぼ完全に忘れているという自分に呆れる始末に
その一方でたまに自分のサイトを覗くのも悪くは無いなどとも思うのであった

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今年に入り珍しく「植物関係」は90件近く新規追加を行い、「城館関係」も郡山市を中心に60か所近くをコツコツと新規追加しております。
しかし、先週の火曜日にまた「つくば植物園」を訪れ、約4時間半ほど園内に滞在し約120種以上の植物画像とその花の様子を撮影してまいりました。
このため花の未更新画像は確実に約300種以上(細かく集計すると400種近く)となってしまい、そのうち200種以上は植物園などで撮影したものであることから、その名称などの下調べにはそれほど手間がかかりませんが、老眼と気力の低下が進んでいるため、仮に毎日1件ずつコンスタントに更新できたとしても、ざっと1年先まで未更新在庫を抱えていることとなってしまいました。

ほかに城館関係の未更新件数が約500件もありますので、仮にある程度手を抜きながら年間200件ずつ更新できたとしても4年先まで作業で埋まっていることになります。
さすがに古稀を過ぎてまでのHP更新という事態は想定できないでおります。

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本日、お陰様を持ちまして「植物図鑑」に掲載している植物の数が200件に到達いたしました。

あくまでも、城跡めぐりの片手間にはじめたという事情もあり、なかなか収録件数が増えませんでした。
今回は画像の整理・捜索から始まり参考資料等に目を通すことを含めて、約10日間で25件分を追加更新できましたが、しばらく関わっていなかったことから慣れてくるまでに時間もかかり結構疲れました。

このような具合ですので、今後もそれほどは増えないと思いますが、夢の島熱帯植物園で撮影したものなどの在庫も多少はありますので、何とか年に10件くらいは追加していきたいと思います。

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郡山合戦時に関連していたと考えられる城館の位置関係を古い航空写真に再現してみました。

画像上部の「山王館」(拙サイトでは久保田山王館)は郡山合戦時の伊達氏側援軍の最前線と考えられ、その右の「久保田城」(別名比丘蓮館か)がその出城で、これに比して「稲荷館/郡山城」は伊達氏側に属しているものの敵中に孤立し安い立地であることも明瞭です。
一方従来は郡山城に比定されていた台地に所在している「伝郡山城」(一説には茶臼館とも)の方は逢瀬川の対岸に所在しており、佐竹・蘆名連合軍の陣城説も頷けます。

自分にとっては多少分かり易くはなったのですけど、いちおう関係する文献を可能な限りあたったりしているのでこれを作成するのは結構な手間です。

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先ほどアクセスカウンターを見ていたら、110万件を超えていました。
近年はあまり更新していないサイトをご覧いただき心より感謝申し上げます。

ちなみに現在の未更新件数は400か所余りとなっております。
にもかかわらず、年内にあと少なくとも50か所くらいは訪問する予定でおります。
年間の探訪件数に対して、その更新件数は2割未満ですので永遠にその溝は埋まることは無さそうです ^_^;

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