本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
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今週の9、10の2日間は新年最初の子守りとなりました。
とはいえ先月27日まで4泊5日の子守りでしたので、およそ2週間ぶりの芽依ちゃんでしたが、この2週間の間に飛躍的に言語能力が上達しておりました。

2週間前までは時々一方通行気味の日常会話でしたが、意味、言語としての適切さ、発音の正確さなどの要素を除きますと、ほぼ日常会話として成立するようになりました。
ときおり「忖度」を伴うかのようなニュアンスの発語も見られるようになってきました。

一方60歳代の夫婦の方はといえば、益々言語、識字に関する能力に関してはただ只管に縮小する方向へと邁進しているようなのでありました。
「見当識」についてはどうにか維持してはおりますが、とくに芸能人の名前を失念するという日常が継続しております。

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年末の26日辺りから風邪気味となってしまっている。
医療用のものとほぼ同程度の風邪薬を服用しているが、未だに完治には程遠い状態にある。
そろそろ来週には動きたいところなれども思うに任せないようだ。
下手をすると昨年と同様にこのまま花粉症の季節を迎えることになるのかもしれない。

この間2匹の猫の住処の方は少しずつ整理を行いすっかり片付いてしまっている。
なお長女の方は「ポミ」の埋葬(庭の片隅に散骨)を済ませて6日の月曜日に帰っていったのだが、未だに夕方の時刻になると「餌やり」をせねばなどと思ってしまうことが少なくない。

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今月は2度、合計にして9日間ほど孫の芽依ちゃんをお守することとなってしまった。
また芽依ちゃんを送り届ける前日辺りから風邪をひいてしまい、そのまま年の瀬を迎えることとなった。
このため12月であるにもかかわらず全く外出する機会に恵まれることは無かった。
また31日からは長女が帰省することもあり、年末年始の外出も難しくなっている。
一度風邪をひくとその回復には最低でも1か月程度を要している。
はたして今回はどの程度を要するのかは全く不明である。

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先月末からパソコンの入替えをしている。
今までのOSがW7なので期限ぎりぎりの移行ではある。
前回の入替えは確か2012年12月であったような。
あれから早くも7年が経過している。
現在は入替え後の機器の接続不良、一部文字化けなどの対応を検討中。
USBキーボードの接続トラブルについてはいろいろと試したものの改善する気配は無さそうだ。
コネクターの抜き差しで対応すれば使えるので当面はそれ以外には方法は無いらしい。
この後はアプリケーションのインストールと使用環境の整理、プリンターの接続等がある。
プリンターケーブルの長さがギリギリなので3メートルの物を買足した。

なおこの間に2匹の親子ネコが息を引き取っている。
今までネコたちの居たスペースを片付けているのだが、よく晴れた日以外にはなかなかそうした作業を行う気にはならないでいる。
とりわけ雨の日は気がふさいでしまい、とても片付けるという気にはならない。
されとて何時までもそのままにしておくのもどうかとも思ったりしている。
短いようでもネコたちと過ごした15年2か月という年月は長いらしい。
冷静に自分の年齢を考えると今後はもうネコを飼うことは無いのかもしれない。

一方で長男には子どもが生まれて些か遅めの初孫となった。
諸事情により8日から11日まで3泊4日の預かりを行った。
以前と比べて言葉も多くなり、ある程度の会話が成立するようになってきたようだ。

今日は運転免許の更新に出かけた。
往復で7キロメートルの道を歩いたのだが、延べ90分もかかっているので明らかに気力/体力が落ちてきていることを痛感した。
片足立ちの動作は右足だけならばかなり回復してはいるのだが・・・


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(記憶/バイク通勤)
ユーチューブのバイク動画を見ていてふと思い出した。
CB50Sは1980年頃から数年間ほど通勤用に乗っていたと思う。
ちょうど長男が生まれた頃であったと記憶している。
ネットを調べてみると恐らくこのシリーズの最終モデルであったらしい。
現在ではある意味幻の名車でもあったようだ。
車両価格はたぶん13万9千円ほどであったと思う。。
因みに車の方は多分スズキ/アルトからスバルサンバーの頃であったように記憶している。

最終的な走行距離は1万5千kmくらいだったような気がする。
廃車についてはたぶん昭和の終わりか平成の初め頃であったと思われる。
50CCらしい乾いた甲高いエンジン音が特徴で、五段ギアのうちサードでエンジンの回転を上げ4段に移行すると速度メーターでは瞬間的に時速90km前後は出てしまったという記憶もある。
1速目のギア比が重くエンジン音がうるさいことから、通常では2速発進をしていたように思う。
なお流石に3速での発信にはちょっとした要領が必要であった。
あくまでも人家の全くない極めて見通しの良い通行量の少ない直線道路での話である。

殆ど片道7kmほどの通勤用としていたことから遠距離は走ってはいなかったが、唯一家内の実家のある小川町まで往復(片道40km/往復80km)したくらいであったようである。
途中で国道254線のバイパスもあったことから、できるだけ他の車両の邪魔にならないように制限速度を大きく超過することなく路側帯付近を通行し、片道1時間半ほどを要したように記憶している。
元来50CCの原付であることから余りツーリング向きではないことから、続けて1時間も乗車していると尻と股関節が痛くなってきたが、走行性能自体には問題は無かったように思う。
また制動システムもディスクブレーキであり、バッテリーが弱いことを除けば大変乗りやすかった。

尤もバイク通勤はその前に3年ほどは続けており、その際はヤマハメイト50であった。
その原付はクラッチなしの3段変速で、どうあがいても時速は60kmには達することは無かった。

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