本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコなどの話題に終始しておりまする。なお2007年末から漸く群馬方面へと進出し、2008年6月には福島中通り方面、11月には栃木県南、12月には茨城県南、2009年2月には千葉県北部、5月には山形県村山地方と少しだけ領域を広げ始めております。              (2009/05/21 説明文更新)
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武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
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定年を過ぎました~
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「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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倦怠感のなか昨日外出したせいか咳が止まらず。
花粉症で咳が止まらないなどということはなく、術後数日間の体調に似ているような。
咳止めの薬は先月に処方されているので、もう二、三日様子を見て対応を考えよう。

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午後2時半くらいから「寒気」と「眠気」に「吐き気」が合体。
2時間ほどベッドで爆睡するとケロッと回復。
「食い気」も復活して「元気」に。
明らかに咳き込むので花粉症ではなさそうな「気配」が。
それにしても「気」だらけの一日だった。

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3月11日に史進さんの講演会が大月市市民会館で行われましたので、これに聴衆として参加しました。
その際に撮影したのがこの岩殿山(城)です。
この山を初めて目にしたのはたぶん55年以上前のことで、中央線大月駅の停車中の車内から撮影した記憶があります。
その後長野、山梨方面を訪れるたびに沿線や国道などから幾度となく目にすることもありましたが、このように近くで見上げたのは初めてのような気がします。
尤も城跡であるという認識で目にしたのは、たぶん1970年以降ですが。

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 最近自宅の周辺では、近年野鳥が生息していた5000平方メートルほどの平地林が全て宅地開発され、これに伴い餌となるべき木の実や昆虫類も減少してしまい、ここ5年ほどの間に家庭菜園や花壇での鳥害が目立ってまいりました。
 ある程度の摂取は許容していくべきとも考えるのですが、冬季には定番となるビオラ、パンジーなどが真っ先に標的となり、前日植えこんだものが翌朝には丸坊主となってしまうとやはりショックは隠せません。
とくに黄色系統、赤色系統のものに興味があるようです。年末にプランターに植えこんだプリムラ・ジュリアンも1日で丸坊主になりましたが、その後3か月を経て再生させやっと観賞に耐えられる状態になってきたと思っていた矢先にまたもや丸坊主に・・・ ^_^;  

野鳥たちの住処と食物連鎖の循環を剥奪した我々人間の振る舞いに根本的な問題があるとはいうものの、ひたすら生態系を破壊していくことの報いを受けていると受忍するのが正しいのかどうか悩んでいます。

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本日、お陰様を持ちまして「植物図鑑」に掲載している植物の数が200件に到達いたしました。

あくまでも、城跡めぐりの片手間にはじめたという事情もあり、なかなか収録件数が増えませんでした。
今回は画像の整理・捜索から始まり参考資料等に目を通すことを含めて、約10日間で25件分を追加更新できましたが、しばらく関わっていなかったことから慣れてくるまでに時間もかかり結構疲れました。

このような具合ですので、今後もそれほどは増えないと思いますが、夢の島熱帯植物園で撮影したものなどの在庫も多少はありますので、何とか年に10件くらいは追加していきたいと思います。

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本日は退院後2度目の検診でした。

いつもならば、30分から40分は遅れることが多かったのですが、今日は何と予約時間の5分前に診察開始に。
診察も手術の傷の状態確認だけなので、少しはみ出た糸をカットして終了。
この後の清算と処方箋発行も早く合わせて計20分弱。
院外薬局での処方も10分足らず。
食事の後自宅へと戻ったのが、またまだ明るい午後4時半過ぎ。
月曜日にしては外来患者数も少なく、道路の交通事情も良好で、偶にはこういう日もあるものなのですね。

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今月1日の手術から3週間以上が経過し、先週あたりから日常生活には概ね支障はなくなりました。
昨日は近所のディスカウント・ストアへ買い物にも出かけられました。
首の動きにもほぼ支障はないことから、車の運転も問題なさそうです。
傷口の痛みも夕刻から時々発生するだけで、確実に治まっていく傾向にあります。
あとは体力の回復ですが、年齢的に低下している部分だけはどうにもなりません ^_^;

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退院後早くも8日が経過しました。
お陰様を持ちまして、10日頃から発症した傷口の痛みも痛み止めの効果もあり小康状態に。
車の運転にも短時間ならばそれほどの支障は見られず。
術後は顔面の右半分の感覚が弱っていましたが、現在は右耳と傷口の部分だけというように範囲が縮小中。
術前に懸念された顔面神経への影響も殆ど無さそうな気配。
これで、咽頭炎と花粉症が治まれば申し分が無いのであります、花粉症の方はともかくも咽頭炎の方は治りそうで治らず、完治までにはもう少し時間がかかりそうです。

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13日(月)は先週2月7日の退院後初めての再診日でした。
結果は当初の予想通り「良性」でした。
耳下腺腫瘍としての区分は「多形腺腫」として確定診断。
しかし、腫瘍は4個ほど摘出され、最も大きなものは長さ5センチ、重さ17グラム超の大物。
今回は結果的に顔面神経温存を優先したことから当面は15センチほどの傷口の回復を含めた経過観察に。
今後において、良性ではなくなる可能性は「15%から20% 」とのことで、年に一度くらいの頻度での画像診断を含めて、いずれにしても長~いお付き合いになるとの主治医の発言。
すでにもうこの歳なので、早い話が一生涯のようにも (苦笑)

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郡山合戦時に関連していたと考えられる城館の位置関係を古い航空写真に再現してみました。

画像上部の「山王館」(拙サイトでは久保田山王館)は郡山合戦時の伊達氏側援軍の最前線と考えられ、その右の「久保田城」(別名比丘蓮館か)がその出城で、これに比して「稲荷館/郡山城」は伊達氏側に属しているものの敵中に孤立し安い立地であることも明瞭です。
一方従来は郡山城に比定されていた台地に所在している「伝郡山城」(一説には茶臼館とも)の方は逢瀬川の対岸に所在しており、佐竹・蘆名連合軍の陣城説も頷けます。

自分にとっては多少分かり易くはなったのですけど、いちおう関係する文献を可能な限りあたったりしているのでこれを作成するのは結構な手間です。

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