本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコなどの話題に終始しておりまする。なお2007年末から漸く群馬方面へと進出し、2008年6月には福島中通り方面、11月には栃木県南、12月には茨城県南、2009年2月には千葉県北部、5月には山形県村山地方と少しだけ領域を広げ始めております。              (2009/05/21 説明文更新)
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ルートなど単独での入山にはかなりの不安があるため、儀一殿と1年ほど以前から懸案となっていた小鹿野三山地区に所在する要害山(標高615m、比高差265m)へ。
然し、自宅を出る際に手間取り約束の時刻に何と40分も遅延(汗)
儀一殿には誠に相済まぬことを。

要害山(小鹿野町三山)午前8時30分から午後14時30分

さて、国道299号線の要害山の麓には、所要時間にして1時間40分ほどで午前8時20分頃に到着。
三山地区の大鷹神社の境内に駐車させていただき、午前8時30分頃より早速攻城開始。
ここで登攀ルートは2通りの選択肢が。
ひとつは斜面崩落の現場を通り抜けて戸蓋峠への旧道を探しつつ比高差150mを直登するルート。
もうひとつは儀一殿の収集した地元の方の情報による西側尾根筋からのルート。

峠の尾根筋は麓からでも確認できる明瞭な地形を形成。
2人で相談の上、とりあえずは前者のルートで行ってみることに..
然しこれが最後は尾根筋に這い上がるべく、斜面にしがみつくような登攀となった次第にて。
足場も枯葉が積もったガレ場に近いような状態で、摑まるべき木の枝も枯葉などが多く難渋。
膝に余り踏ん張りが利かない体質の当方は、此処で2度ほど滑る羽目に。
一方儀一殿は何ほどのこともないように確実に這い上がっていく様子。
改めて体力の衰えと年代の差を切実に痛感した次第にて。
結果的には下山ルートとして利用した後者が大正解。
またしても、儀一殿に申し訳ないことを..(大汗)

平均斜度約40度
平均斜度約40度
-尾根筋に近づくほど更に急傾斜に-

2007/02/12撮影


尾根筋から見た這い上がってきた斜面
尾根筋から見た這い上がってきた斜面
2007/02/12撮影



さて、這い上がった尾根筋上からは双子山、毘沙門山、鷹谷砦が一望に。
特に上州境に屹立する双子山はネコの耳のような尖った2つの山頂からなる独特の地形を形成。
ネコ好きの親父にとっては、まさに「ネコ岳」と命名したくなるような愛らしさを感じてしまうのであります。

上武国境の二子山
上武国境の二子山
2007/02/12撮影


「鷹谷砦」
「鷹谷砦」
2007/02/12撮影



尾根筋からは東京電力の送電線の鉄塔の構築に伴う標識に沿って東側へと進むのがベスト。
しかし、この時点では尾根筋沿いにピークを超えて前進。
次第に道が曖昧となったものの、戸蓋峠の手前の山腹から目的地の要害山を眺望できるベストポイントを発見。
時刻は未だ午前11時だったものの、この要害山を目前にした絶景ポイントにて暫し早めの昼食と休憩を。

西側から眺めた「要害山」
西側から眺めた「要害山
2007/02/12撮影



この場所より戸蓋峠の所在すると思われる鞍部目指して移動開始。
まもなく10分ほどで峠状の地形に到着。
三山地区と、薄地区(旧両神村)をつなぐ大切な生活道路としての峠道も林道などの建設によりいまやほぼ廃道となっている様子が明確に。
また、この尾根筋全体は岩盤自体がある程度脆い性質のようで各所で崩落個所を見ることに。
峠の南側には2体の安永年間(18世紀末)の紀年銘が刻まれた今や首なしと化した地蔵尊が2本の大杉の根元にひっそりとおいでになりました。
手前に転がっていた白いペンキで塗装された小さな角材を見てみると幸い「戸蓋峠」の3文字が明瞭に記述。
このため地蔵尊の間にこの元標識を立て直して、あらためてお参りを。

「戸蓋峠」
「戸蓋峠」
2007/02/12撮影



峠の東西はかつては開墾されたとのことでやたらに尾根幅が広くかつ平坦な地形を形成。
このような地形で西側からの進入を阻止できるものかと疑問が湧くことに。
しかし、その疑問は山頂への尾根筋を辿るに従い氷解。
何と幅60から80cm、長さにして20mほどの「蟻の戸渡」上の地形が存在。
このため山頂に近づくものを断固として拒絶するという光景が目前に展開。

西側から見た「堀切」不要の天然の防御地形
西側から見た「堀切」不要の天然の防御地形
2007/02/12撮影



さらにその一部分の5mほどの距離は幅約40センチ弱。
北側は現在崩落が進行中で、かつオーバーハングした地形。
おまけにこの部分のみ摑まるべき木の枝が皆無。
昨日のような季節風の強い日ならば渡ることさえ躊躇する可能性のある明らかな危険地帯。
どちらに転落しても間違いなく運がよくても15mほどは滑落し、木の枝などに引っかかれば儲けものといった按配にて。
生命の危険とはこういう状況を指すものやも知れずなどと納得を。
仮に一列縦隊で慎重に攻め登ったとしても、石礫数個で何人も転落することは必定かと。

東側から見た「堀切」不要の天然の防御地形
東側から見た「堀切」不要の天然の防御地形
2007/02/12撮影



要害山の山頂は石祠の所在するネコの額のように狭い部分と南側の幅6m、長さ20mほどの平場状の地形が存在。

山頂の石祠
山頂の石祠
2007/02/12撮影



両者の間には「堀切」というには些か頼りない窪地が存在。
始めに北東側の尾根筋を探訪。
また山頂の4mほど直下には、約3坪ほどの人工的要素を思わせる平坦地が所在。
国道299号線を監視するには妥当な条件。
然し如何せん風の影響をまともに受けるため小屋掛けが可能かどうかの疑問も。
さらにその場所より一段下には腰郭状の狭い平坦地も所在し、そこからやや下った個所にも同様の平坦地を確認。
然し、堀切などの地形の名残りを確認するまでには至らず。

一方山頂の南側の平場状地形から続く小口のような岩場をやや下った南東方向に伸びる尾根筋に、唯一「堀切」「竪堀」(南側のみ)と見ても差し支えのないような地形が所在。

南東部の「堀切」「竪堀」状地形
南東部の「堀切」「竪堀」状地形
2007/02/12撮影



またその下方にも自然石の巨岩が天然の防御ラインを構成し、細長いやや傾斜のある平場へと続いておりました。
さてこの要害山の役割はおそらくは「鷹谷砦」と相互に補完しながら赤平川沿いの北側の志賀坂峠からの往還を監視する物見砦としての役割を担うと共に、些か見づらいものの南側の薄川沿い、塩沢城方面の監視の役割も兼ねていたものと考えられます。

さて、帰路は再び「蟻の戸渡」を恐る恐る渡り終え、斜面の崩落などの個所を慎重にすすみつつ送電線の保守のための道を西へと戻り、送電線の鉄塔が所在する尾根筋の明確なルートへと合流。

「二子山」「鷹谷砦」「毘沙門山」
「二子山」「鷹谷砦」「毘沙門山」
2007/02/12撮影



再び「二子山」「毘沙門山」「鷹谷砦」を一望にしつつ、異常な暖冬のため霜解けの始まった滑りやすい尾根筋の九十九折のルートを一気に降下し、谷を渡って元の林道へと無事復帰。

本来のルートは赤平川の支流を直接横断
本来のルートは赤平川の支流を直接横断
2007/02/12撮影




本来のルートの入り口
2007/02/12撮影


折から、土石流の発生している斜面の崩落現場では小さな落石が発生中でありました。
カラカラと小さな落石の発生と共に、時折岩盤が割れるような「ピシッ」という異音も耳にすることになり現場を早々に退散。

土石流の発生中
土石流の発生中
2007/02/12撮影



「要害山」
みなもと橋から眺めた「要害山」
(但しこの位置からは山頂を直接遠望することはできません)
2007/02/12撮影


HPに正式に掲載するのは当分先のこととなりますが、このブログの情報からお出かけになりたいという方がおいでになる場合には次のことが重要なポイントとなります。

①必ず西側の沢を横断する正式ルートから入山すると共に、不明なときには地元の方に失礼のないようにお聞きすること。
②戸蓋峠までの間が尾根筋が広がり些か道に迷いやすいので注意が必要なこと。
③最低でも軽登山靴、厚手の棘が刺さっても大丈夫な手袋、地形図、非常食料、応急手当用品、飲料水、方位磁石のほか必要に応じてザイル一式などの登山装備が必要
④山頂西側の 「蟻の戸渡」部分は、現在でも崩落中なので雨の後や強風時には引き返すことも含めて自重すること。
⑤所要時間は休憩時間を含めて往復3時間ほどですが、中級以上の登山経験を有することが求められます。また探索時間はこれ以外に最低でも1時間ほど余裕を見ておいた方が良いようです。
転落事故を含む一定の危険性を確実に伴います。然しどうしてもお出かけになるという場合には、可能な限りの詳細な情報をご提供する予定ですので宜しければご一報を。ただし、当地での事故に関する責任は一切負いかねます
⑦なお、管轄する役場では必ずしも正確な情報を掴んでいない可能性がありますので、最新の情報は現地にて地元の方にお聞きするのが最も確実かもしれません。

仮称贄川城(秩父市荒川)午後15時頃

時間と日影の関係で所在地を確認したのみで、車中から眺めてパス。


敏桑館(秩父市久那)午後15時20分から15時35分

北側の有名な石塁をちらりと拝見し記念撮影させていただいた後、国道299号線にて一路帰途に。

今回は色々とハプニングも。
その殆んどが概ね当方の責任によるものにて。
単独行ではおそらく1年前と同様に途中で引き返した可能性が濃厚。
同行していただいた儀一殿に改めて感謝申し上げる次第。

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おつかれ様でした
先般もお話したかと思いますが、もはや山岳のエキスパートと化しているようで、じっくり拝見いたしました。

比高左300m弱とはいえ、登山の難しさを改めて痛感した次第。
私もスキーをしますので、斜度については理解がありますが、今までの攻城を拝見していますと、直登より尾根筋を通るのが王道なんでしょうか。
私なんぞは、真っ先に回り道をせず、真っ直ぐに進む癖がありますので、良い勉強になります。

でも、この城を攻める兵より守る兵の方が命がけですね・・・
左馬助 URL 2007/02/15(Thu)08:07:23 編集
Re:おつかれ様でした
>先般もお話したかと思いますが、もはや山岳のエキスパートと化しているようで、じっくり拝見いたしました。

小生も山歩きは冬山と岩登りを除いて30年ほどの経験はあるのですが、寄る年波には勝てず..取分け儀一殿の地形を読み取る能力と底知れぬエネルギーには驚嘆いたしました。

>比高左300m弱とはいえ、登山の難しさを改めて痛感した次第。
>私もスキーをしますので、斜度については理解がありますが、今までの攻城を拝見していますと、直登より尾根筋を通るのが王道なんでしょうか。

斜面の傾斜が40度を超えてきても、足場やホールドがしっかりしてさえいれば九十九折で登攀するなどにより然程の問題はないのですか、小鹿野要害山の場合には足元がズルズルと崩れていくし、掴まるべき木の枝や根は枯れているし..2度ほど斜面にしがみ付いた状態で立往生を(冷汗)

>私なんぞは、真っ先に回り道をせず、真っ直ぐに進む癖がありますので、良い勉強になります。

そのまま直進したかったのですが根の前に高さ4mほどの岩場が立ちはだかり、安全を考慮して東側へと迂回いたしました。

>でも、この城を攻める兵より守る兵の方が命がけですね・・・

あくまでも志賀坂峠への往還を監視する物見のための砦として、鷹谷砦と相互補完しつつ機能したものと考えられます。
山上に籠ることのできる人数はこの地の戦略的価値、当時の人口、平場などの広さから判断して多くも見積もったとしても20人程でしょうか。
また確かに物見の城番となった人々は、さぞかし辛くかつ危険に晒されていたものと推察いたします。
また、尾根筋に近づくに従い傾斜を増す地形でかつ岩場が比較的脆い個所が多いのこともあり、水の手の個所がいまひとつ掴めませんでした。

コメントありがとうございました。
【2007/02/15 22:51】
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