本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
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武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
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定年を過ぎました~
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「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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夜中に昼食用のカップ麺を買出しに。
たまたま聞いていたラジオで、腐らずにそのまま乾燥した蜜柑の話題が。
何を隠そう、某も今を去ること30年以上前に仕事先で乾燥した「みかんのミイラ」を作成したことが。
天井の方から吹き付ける異常なほど乾燥した暖房の気流が主な原因かと。

体積は元の4分の1ほどに縮小。
手に取って振ってみると、カラカラと乾いた音が発生。
表面の色合いも蜜柑色からくすんだ朱色に変貌。
表面には無数の皺も。
マジックで書いておいた顔がそのまま縮小しておりました。
捨てるに捨てられず確か5年ほどは大切にして机のオブジェ代わりに。

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2週間ほど前に勤務先の裏庭で、その短い一生を終えてしまった野良の黒ネコ(生後推定4週間前後)
夕方から降りだした冷たい雨に材木の切れ端で拵えた墓標が、落葉を始めた桜の古木の下で濡れそぼっておりました。
あまりにも短い命だったので享年を記すことさえもできず。
せめて40日間は生存していたことに。



黒ネコさんの墓標

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コスモスの花があちこちで咲き乱れる季節。
花色が鮮やかで目立つことこの上ない花。
風に揺れるとさらに存在感が際立ち。

それに引きかえ、このミズヒキの花。
遠くからでは分からないほど目立たない小さな花。
よくよく見れば鮮やかな赤色。
花瓶に生けるとなかなか落ち着いた味わいに。



ミズヒキ
2007/10/13 撮影

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特売のネコ缶。
これ幸いと購入したものの。
2匹の飼い猫には全くの不人気。
先日勤務先にて夭逝した黒猫さんの話を聞かせて、何とか食べさせようと試みるも効果なし。
朝方の残りはほとんどそのまま手つかずの状態。
止む無く「ねっこ大好き♪」のネコ缶を与えると、打って変って貪り食うという有様にて。
3缶セットで80円のネコ缶の価格差は、彼らにとって予想以上のものがあるようで。


コスモス
金井家館近くのコスモス
2007/10/15 撮影

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今年は暑さが長引き体調もいまひとつ。
漸く涼しくなったと思えば天候に恵まれず背筋痛も併発。
加えて不良在庫が目に見えては減少せず。
というような次第にて8月以来久々の訪城。
しかし午前中に所用があったため、家を出たのはすでに午前11時30分。



金井家館(埼玉県児玉郡上里町)午後1時50分から午後2時20分

上里町の七本木神社一帯が該当地域とされている模様。
予め用意しておいた資料に記述されているとおり、これはというような目立つ地形も確認できず、神社の境内地はきれいに整地され近世の庚申塚が残るのみなのでありました。
東側隣に所在する旧家の辺りも特にこれといった地形的な特徴は感じられず。
やむなく東側の用水路や不自然に屈曲した道路などを眺めて時を過ごすことに。
何もないということを確認することも、またそれなりの楽しみのひとつではあります。


金井家館
2007/10/15 撮影金井家館



石蔵寺館(埼玉県児玉郡上里町)午後2時50分から午後3時15分

資料によれば、境内の北西部に僅かに土塁跡のような地形が残るとの情報。
用水路が交差する北西の角付近の内側には、確かに僅かな地面の盛り上がりがあるような無いような実に微妙な状況が展開。
むしろ北側の用水路の方が堀跡の雰囲気を残しているようにも思えるのでありました。

さてこの間の移動時間は本来ならば5分ほどのはずが何と30分も。
早い話が道を誤り、再び七本木神社の近くに戻ってしまったりした結果にございます(汗)
暫く訪城していないといろいろと感が鈍くなるということも思い知ることに。


石蔵寺館
石蔵寺館
2007/10/15 撮影



堤堀之内(埼玉県児玉郡上里町)午後3時25分から午後3時40分

訪れた根拠は「新編武蔵風土記稿」の堤村の項に、「堀之内」という古地名(小名)が記されていること。
並びに現在堀之内と呼ばれる辺りに、およそ100m四方の道路に囲まれた区域があるというだけの非常にあやふやな理由なのであります。
従ってあらかじめ何らかの期待を伴う訳でもなく、ただひたすら妄想にとりつかれたような行動かと。
勿論当初の予想通り微高地を形成していることなど以外にはこれという成果などがあろうはずもなく。
強いて言えば「堀之内集会所」と記された看板を撮影できたことくらいなのでありました。


堤堀之内
堤堀之内
2007/10/15 撮影



季節はすでに10月の中旬。
街路樹の葉も漸く色づき始め、いよいよ訪城シーズンの到来。
思いのほか平地に関する限り歩行状況には支障もなく。
しかし翌日になり左足のアキレス腱の辺りに明らかな痛みが。
3年前の訪城開始時期に比べると、どうやら確実に体力(気力も)が低下してきたらしく。

それはともかくとして、来年4月上旬までの訪城計画について「あーでもない、こーでもない」などととりとめのない考えにどっぷりと浸るのも一興。
今回は往復所要時間4時間40分、走行距離はざっと150km。
然るに現地での滞在時間1時間50分足らず..
かくして漸く訪城の再開に漕ぎつけたのでありました。

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