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布団を敷いて寝ようとすると、布団の回りで2匹で追いかけっこを始めることがしばしば。
机の上に飛び上がるため、当方の体をジャンプ台代わりに。
体重6キログラムのネコが走り寄ってきて、腹の上からジャンプされるとかなり辛いものが。
眠るときは概ね布団の上の膝の間あたりに丸くなる習性の2匹。
このため寝返りがうてないだけではなく、足の位置さえも変えられない時も。
今朝は布団を片付けようと折りたたんで運ぼうとしたとき、小柄で寒がりな母ネコの「ポミ」が布団の間からポロッとこぼれ落ちるというハプニングも。
確実に熟睡できないという反面、ネコたちの行動を観察していると結構心和むのであります。
またしても前日の就寝時間が遅くなり、家を出たのは何と午前9時20分。
本来の計画では4ヶ所程度を予定。
すでに出発の段階で1か所+アルファに計画変更するような始末。
単独行動は、どうもやたらに時間にルーズとなる欠点があるような。
凸浅間山(群馬県藤岡市) 午前11時30分から正午
以前から気になっていた地形のひとつで、宿神田の交差点北西に所在する比高差にして35m前後の半ば無名の丘陵。
山頂の思いのほか広い削平地には浅間神社の社殿が所在、北側の奥の院部分比高5mの独立した小郭状の地形。
勿論この殆どが神社の建設などに伴う人工地形とは思われますが、高山城、三ツ山城、平井城、平井金山城などが一望できる立地条件。
小規模な物見砦などの可能性を妄想するには相応しいのでありました。
なお社殿建立に伴う新しい石碑の碑文には、長井豊前守(長井政実か)が中興したと伝わる旨が刻まれておりました。
神社の中興が伝承のみとはいえども、当時の地域権力者として多くの所領安堵状などの中世文書が伝わることから、当らずといえども遠からずといった感を深めていくのでありました。
凸高山城(同上) 午後12時30分から午後17時40分
昨年末に初めて訪れたときには、同日の三ツ山城、子王山城、駒留城と山城3連発の直後の訪城。
このため登る前から全身疲労困憊状態。
朦朧とした意識の中で半ば本能で行動していたようなもの。
このため残存遺構、撮影画像、縄張りが頭の中で完全にバラバラ。
ゴルフ場の建設により遺構の一部が消失しているとはいえ、群馬県を代表する有数の城郭のひとつ。
HP掲載掲載にあたり、いまの状態では高山城と保存活動に尽力された方々のご苦労を考えると失礼極まりない認識レベル。
資料を揃えて来たるべく再訪の機会を虎視眈々と窺っていたような次第にて。
今回は前回の反省に立ち、踏査のためのメモをブロック別に準備。
天屋城についてはさらに各範囲を4分割。
問題があるとすれば、今回これに必要な時間的余裕と体力。
結果的には、やはりこれが最大の問題となってしまったのであります。
■百間築地 午後12時30分から午後1時00分
僅かに残存する当時の石垣遺構。
複雑かつ規模の大きな空堀跡。
切岸による3段の構えを見せる郭跡。
これらをじっくりと拝見。
■本城 午後1時00分から午後1時30分
本城を東西に分ける堀跡。
東側の二本の深い空堀
これに挟まれた馬出郭と北端部の石垣遺構。
大手付近の地形。
■要害山 午後1時30分から午後2時30分
幾分西側のルートをすすんだでみたものの、概ね予定通り土橋部分に到着。
空堀跡を全て踏査しようとも思ったものの、日没までの時間配分を考えれば無謀なので即座に断念。
ここで暫し縄張り図に記された以外の腰郭のようにも見えなくも無い尾根筋の地形を何度か往復。
この辺りから次第に時間が押気味に推移。
■天屋城 午後2時30分から午後5時40分
踏み跡からひとつ西側の尾根筋目指して谷をトラバース。
取り付いた尾根筋にも本来の腰郭以外のそれと思われるような地形が。
主郭周辺では縄張り図に記されたとおりに主郭を取り巻く帯郭の配置状況をじっくりと確認。
実際に時計回りに歩いてみて、その複雑な縄張りの工夫に改めて感心。
なお、消失した東側の尾根筋方向手前部分にも腰郭のように思えなくもない地形が。
主郭南東の腰郭では一ヶ所ではなく上下2段の構成であることを確認。
この際、例の「洞穴」も確認。
入口は幅約2.5メートル、高さ約1.5メートル、奥行き約8メートル。
手前部分よりも奥の方が天井部分が高く2.5メートルから3m近く。
入口正面から見て右手の奥に幅1mほどのテラス状の地形も。
雑魚寝をすれば10人くらいは横になれそうな広さ。
もちろん肝心の5条の堀切も逐一確認。
尾根筋直下東側の帯郭もしっかりと確認。
しかし、下りてきた落葉の積もった急斜面を這い上がれず。
やむなくひとつ南側の堀切脇から這い上がる羽目に。
このあと最南端の2重堀切まで移動。
しかし、この時点で時刻は既に午後5時5分過ぎ。
いまだ確認できていない事項も幾つか残存したまま。
とはいえ、日没時間が幾分遅くなったとはいえ、沈み行く夕日は既に山入端にかかり始め。
小走りに主郭まで戻り、そのまま腰郭の続く尾根筋を木の枝に掴まりつつ降下。
比高差が300m以上の場合ではこうもいかず。
幸いにして腰郭先端部分からの比高差は100m前後で見通しもよく。
目指すは平井金山城が所在する北西方向なので間違いようも無く。
ゴーグル、ヘルメット、作業用手袋の完全装備にて。
2回ほど滑りながら、愛車のところへ戻ったのが午後5時40分。
帰路、以前から気になっていた「かつや」にて、「カツどん」(松、税込み829円)で夕食。
ボリュームとしては満足。
然しそこそこ歩き回ったこともあり、どうも塩分が物足りないような薄味の印象もなくはないようにも。
お日柄に関係なく休みが取れたので再び藤岡方面へ。
前日までの予定では「平井金山城」(予定は3時間)「高山城」(同4時間)の再訪+アルファという目論見。
しかし大方出来上がっていたはずの「八束城」の更新が予想以上に時間を浪費。
このため前日の夜、というよりも本日の深夜午前1時半までコツコツとHPの更新をする羽目に。
事実上は半分以上寝ていたような状態にて、何をしたのかもよく覚えていないような次第。
それから、遅いネコの食餌の支度やらトイレの片づけなどに着手。
かくて、ようやく睡眠体制に突入したのは午前2時過ぎ。
それでも、いちおう目覚ましは午前6時前にセット。
最近は歳のせいか朝の目覚めだけは早くなり。
目覚ましの鳴る前に目覚めて、目覚ましのアラームをOFFに。
しかしここで、現在の己の体力と往復の運転時間の疲労などを勘案し再びまどろみの態勢。
こうした至福の時間の経過はヤケに早いもので。
あっという間の午前7時過ぎ。
こういうときだけ頭の中では梗塞..ではなく、高速回転でスケジュール調整しつつ、手早く身支度を整え出動態勢完了。
昼食時間などを短縮し、かつ「平井金山城」の目標を絞り込めば、計算上はギリギリ間に合うはずかと。
仕事こそ、かくあるべきと思うのでありますが(汗)
しかしここで突如最近会話の少ない配偶者の愚痴を聞くという羽目に陥ることに。
「熟年〇〇」だけは避けねばならず、相槌を打ちつつ一通り話を聞いているうちに時刻はすでに午前8時半。
この時点で綿密なるスケジュールはすでにガラガラと物凄い音をたてて完全崩壊。
それでも、この時間帯下り方面は比較的道路事情がよく、午前11時前には現地へと到着。
凸平井金山城(群馬県藤岡市)午前11時15分から午後16時15分
平井城の笹曲輪を南北に分断道路を右折。
懸案の一つである大手口とされるカロウト岩付近の様子をゴルフ場の麓から再確認。
すぐさま平井金山城南側の駐車場へ移動。
前回と全く同様のルートで登攀開始。
前回と異なり石垣遺構紛いに気を取られることもなく、行止りの道に迷い込むこともなく、ただひたすら物見台まで登るならば20分位で上がれる...かと思いきや、優に30分以上を経過。
この時点で己の体力・心肺機能などを考慮して、「高山城」の再訪は次回先送りを決断。
そのかわり納得のゆくまで「平井金山城」を踏査することに予定変更。
まず前回は見落とした縄張り図に記されている腰郭すべての状況確認。
次にゴルフ場建設により大方消失したものと目される尾根筋の現況確認。
そしてカロウト岩の尾根筋に関する詳細な再踏査。
高山城、平井城との相互位置関係などの確認..
などというと大袈裟に過ぎまするが、早い話がすぐに息が切れてしまうために思い通りに早くは動けないというだけの事情にございまする。
結局のところ尾根筋の移動時間を含め合計5時間の在城。
この結果、最近とみに記憶力の減退が顕著にございまするが、只今のところは頭の中に縄張り図の概略がぼんやりと浮かび上がるのであります。
今のうちに早く更新せねば...
それにしてもカロウト岩の付近では何度も滑落。
幸い露岩の上では何事もなく。
無論比高差20m近い岩の上から滑落すれば、今頃は凍死しているやも知れず。
余り人が訪れない尾根筋のため、とにかく枯葉が物凄く。
足首まですっぽりと沈み込む個所もあれば、恰もセカンドペース滑り込み状態となる個所も少なくなく。
枯葉の積もった斜面では確実に2回ほど完全なるスリップ・ダウン。
そのうち一回は危うく一眼デジカメと崩落した石垣が激突寸前に。
運良く?左腕でカバーして、左腕が崩落した石垣と激突。
しかし、めっきり衰えた体の中で手首から肘までの部分だけは左右ともに頑健。
昨年の夏には、すれ違った車と接触しても全く大事なし。
このほかにも転倒寸前が5回ほどあったものの、悪運強く大事には至らず。
凸鮎川城(同上)午後16時40分から17時まで
夕方の好天というのは実に有難く、夕闇せまるこの時間でも平地の城館跡ならば何とかなるようであります。
城館跡には中世からの旧家の系譜につながると思われる民家が点在。
東側の堀跡と思われる水路沿いには高さ1メートルほどの土塁跡も所在。
道路の脇から拝見していると、奥の方から黒い大型犬が物凄い勢いでこちらに向かってダッシュ。
盛んに吠えまくり、番犬としての役目を忠実に果たしておりました。
このあと道路沿いの城館跡を南北方向に分断している2mほどの河岸段丘状の地形を確認して概ね調査終了して本日の数合わせに成功せり。
平井金山城ではセーブオンで購入した稲荷ずし3個セット、おにぎり2個を時々頬張りながらの移動。
先日、藤岡市内に見かけた「とんかつ専門店」があれ以来どうしても気になり、幾分早目の夕食を摂ることに。
この際、記念写真を撮影すべくデジカメを用意。
しかし、本能的に空腹の意地汚さが芸術的感性を打ち負かし。
ふと気がついてみると、既に新鮮野菜サラダを半分近く食べ終わっているのでありました。
なお、かつ重の陰に恥ずかしそうに隠れている品目は漬物とデザートの杏仁豆腐の小鉢にございまする。
お値段は税込み1050円でヒレかつ2枚なので概ね妥当なところかと。
目覚ましの鳴る前に2匹のネコたちに起こされ既に覚醒。
日の出前の午前6時、モナー殿と本川越で待ち合わせ。
その後は、一路合流地点に設定した秩父市(旧吉田町)「道の駅龍勢会館」へ。
その少し手前で朝食確保のためコンビニへ。
そこの駐車場にて奇しくも史進殿にパッタリ。
日曜日とはいえ厳寒季早朝の道路事情はガラガラ。
かくて幸先よく、この時点でスケジュールは1時間の前倒しに。
凸寺山砦、天徳寺(旧吉田町)午前8時から午前9時30分
3年前の目印の黄色いテープは未だ現存(嬉)
謎の平場も健在。
尾根筋は植林間伐で少しだけ歩きにくくなったのかも。
郭の規模に比して異常に大き過ぎる2重堀切も現存。
日当たりのよい南端の腰郭にてコンビニで購入した小さな稲荷ずしの各1の配給。
この場所から無理すれば降りられなくもないような。
無論、滑落・転倒2回+荊による負傷程度は不可避かと推察。
1か所目ということもあり、管理人含めて賛同者は出現せず安全に往路にて帰還。
凸竜ヶ谷城(旧吉田町)午前9時45分から午前11時
予定通り南東の給水タンクの個所から尾根筋を直登。
伐採されたばかりの3年前に比べて幾分木々が成長。
このルートもあと数年経過するとかなり分かりにくくなる可能性も。
尤も北側の舗装された林道から降りてくれば比高差は限りなくゼロには違いなく。
「吉田の楯」の比定地としては、普請、縄張りの完成度にやや疑問が残るという感想は衆議一致の模様かとも。
ここでまた、荷物の軽量化と小腹の足しにコンビニのハム野菜サンド各1枚などが配給。
凸秩父氏館(旧吉田町)午前11時10分から午前11時30分
始めに南側の対岸から台地を眺望して地形の概要を把握。
続いて小学校などの敷地となっている城館跡へ。
不審者と間違われないように笑顔で説明坂を拝見。
凸小暮城(旧吉田町)午前11時45分から午前12時30分
今回が3度目の管理人。
郭内は藪に覆われイバラと湿地帯(池)のトラップも各所に。
このため郭内東側は未踏のまま。
衆議の結果、全員一致で直進藪潜り探検隊に変身。
行く手をふさぐ倒木、枯枝、体に絡み付く蔓などと激闘。
この結果通常ではなかなか拝見できない高さ2メートル前後の土塁遺構ともご対面に成功。
池ポチャを避けるべく、土塁上を東へと移動。
ほどなく元の通路へとどうにか無事に到達。
ただし、管理人は枯枝と額が少しだけ接触(痛)
この際ついでに、搦め手と思われる東側の踏跡を降下。
小口状地形、麓の井戸跡と石塁らしき地形などを確認。
凸奈倉館(小鹿野町)午後12時45分から午後13時10分
川沿いに石塁が残る館跡。
昨年の春に建てられた館跡であることを示す木柱。
この時間帯しだいに雲が厚くなり始め、そのうち両神山方面は完全に雪雲の中。
平地でも白いものがちらほらと舞うような天候に変貌。
(昼食) 「わらじかつ丼」 ⇒ これはまさしく超お値打ち価格!
カツ2枚+味噌汁ほか2品付でたったの800円!
国道299号線埼玉県秩父郡小鹿野町泉田交差点北東角
店名は「元六」、駐車場約20台、本来は「蕎麦、うどん」がメインメニュー
凸比丘尼城(旧吉田町)午後14時10分から14時15分
メンバー全員が高カロリー食品を摂取したところで、崩落の跡さえ垣間見える完璧な絶壁見学へ。
眼前に聳え立つ余りにも険阻な光景。
些か力なくニヤニヤしてただひたすらデジカメ撮影に熱中する挙動不審者の集団。
もちろん「ただ見てるだけ」の予定行動にて。
それでも、日常生活ではあまり縁のない「生命の危機」という概念が各人の脳裏を悪夢の如く去来したのかも知れず...無論かなりの確率で生命保険免責に相違なく。
凸田村屋敷(秩父市)午後14時30分
以前仲良くなった白黒プチの雄猫の姿は見えず。
民家脇の土塁跡は3年前とほぼ同様に健在。
凸萩平の遺構(秩父市)午後15時から午後15時20分
日没までの残り時間を計算。
通り道のため、やや城郭とは断定しづらい趣も漂う荒川左岸の謎の遺構にも立ち寄ることに。
凸諏訪城(秩父市)午後15時40分から16時40分
まずは遠景撮影ポイントの荒川に架かる和銅大橋上から眺望。
諏訪城北側の先端部同様に、大型車の通行の度にこの橋もよく動揺。
土塁推定遺構の一部を現在掘削中という衝撃的な光景を目撃しやや心が動揺。
予定どおり先端部にてのジャンプ。
無謀なる体験者2名は確実に身も心も動揺。
ジャンプなどしなくとも先端部は強風を受けて微妙に動揺。
おまけに諏訪城西側の「諏訪城まがい」へ。
このあとさらに荒川右岸の河原へと降下。
残雪と氷が混じった浅瀬から諏訪城の景観を暫し堪能。
(本日の打上げ)⇒千馬山城のシルエットが望める皆野町のガストにてパフェを貪り喰う正体不明の男3人
本日は季節柄寒いことだけは確実な気象条件。
路面凍結も危惧される道路事情。
行先は管理人としてはすべて再訪。
何よりも日増しに衰えを感じる己の体力。
できれば比高差が少なく、それでいて秩父方面の山城に行ったという感触を共有したいとの密かな目論見も。
このような管理人のプランにも拘わらず、快くご賛同いただいたモナー殿、史進殿のお二人に心より感謝m(__)m
