本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
カレンダー
04 2026/05 06
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15
17 18 19 20 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新CM
(07/01)
(11/09)
無題(返信済)
(12/17)
(10/13)
(03/22)
最新記事
(05/22)
最新TB
プロフィール
HN:
武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
性別:
男性
職業:
定年を過ぎました~
趣味:
「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
アクセス解析
フリーエリア
[180] [181] [182] [183] [184] [185] [186] [187] [188] [189] [190]
餃子の王将の「餃子定食」はこれで4度目。
西白井店のものは確か700円。
この野田店のものは野菜サラダ付のためか780円。
この際、何皿まで食べられるかと思ったものの、先週のサーティワンでの体験から自制心が機能。

通常セット(但しご飯大盛り)+餃子2皿+杏仁フルーツに規模縮小。
そうはいっても対面型2人掛け用テーブルの上は満載。
やはり「+12個」の追加注文には、どこか怪訝な素振が垣間見えたような。

この日の成果資料を眺めながらの夕食。
何時ものように昼抜き行動なので、この程度のカロリー摂取は許容範囲かと(笑)
食後も腹8分目だったので、あと2皿分の24個は行けそうな。
それにしても、ご飯の量が少なく餃子との配分が難しい...
別途「超大盛り」「特盛り」というのがあるのだろうか。

3月15日の夕食

拍手[0回]

午前10頃からの行動開始を念頭に、午前6時45分に自宅を出発。
正真正銘、今季最後の下総探訪。
往路は国道298号経由で、片道の所要時間は約3時間15分は予定通り。


竜崖城(千葉県印西市) 10時30分から12時10分

2月の末に訪れた「手倉砦」の北北東1.3kmの独立台地上に所在。
城跡南東麓には所縁の井戸跡と説明板も。
今シーズンに入ってからというもの、城跡もしくは城跡に関係した説明板に対面できたのはこれが2度目。
遺構の集中するのは主に台地の西部付近。
特に登り道は無いので、麓の南西部から比高差8mほどの帯郭へ直登。
郭部分はさらに比高差4mから5m上の畑。

竜崖城
竜崖城

部分的とはいえ土塁遺構も3か所ほど残存。
郭への小口と想定される地形も現存。
台地全体の形状と平場等の残存状況からは、少なくとも複数の郭から構成されていたことが推定可能。
帰路は妙見社の祠に参拝し、そのまま台地を東に横断して永治小学校へ。


山王台遺(千葉県印西市) 13時00分から13時30分

北側が台地続きとなる舌状台地に所在。
資料によれば竜崖城との関わりも想定される空堀で囲われた中世の墓域とのこと。
堀の深さは最高で2.5m(ただしメジャー計測)を測る個所も。
堀幅は上面で約6m。
山王台遺跡
山王台遺跡

堀跡は南側と東側の残存状況が良好だが、北側は後年に耕作等のために埋め立てられた可能性が推定。
ただし概して内郭面よりも空堀の外側の地面の方が高い。
また土塁状遺構も無くは無く、帯郭状地形も無くは無く。
ただし、その内側に空堀に囲まれた区画が所在するという変則的な構成。


仲山城(千葉県印西市) 13時40分から15時40分

西側の台地麓から比高差15mほどの斜面を直登。
久しぶりとなるアズマザサ群生地の藪。
無論至る所に棘も元気に生育。

この辺りを起点として先ずは反対側の東側崖線まで距離にして約60mほどを直進し、目ぼしい遺構が存在しないことを検証。
次に反時計回りに台地北端部の崖線に沿って移動し腰郭、帯郭等の有無を検証。
文字通りの笹藪は視界3mから5m。
これでは仮に局部的な遺構があったとしても見過ごす可能性は大。
今更ながらに縄張り図や概念図があまり出回っていない事情を首肯。

さて土塁があるとすれば、台地辺縁部または台地を東西に横断する配置のはず。
台地西側の崖線を南進し笹藪を抜けると随分と次第に開けた地形に到達。
事前にマークしておいた電波塔が間近に見えたので現在位置が判明。
概ねこの電波中継塔以北に遺構が集中。

仲山城
仲山城

明瞭な残存遺構は台地を東西に分断する総延長100m近い土塁とその南側の空堀。
特にその東側部分は伐採直後のため遺構の確認には最良の環境。
ほかに土橋の形跡も3か所ほど確認されるが、耕作等により空堀が埋め戻されている模様。
少なくとも3か所ほどの土塁・空堀により区画されていたのかも知れず。

このほか南北方向の土塁状地形と小規模な土塁に囲まれた方形地形も所在。
なお伐採部分の台地斜面を観察した限りでは帯郭、腰郭の存在は確認できず。


駐車スペースの問題から、以上3か所の移動は全て徒歩によるもの。
かくて本日の歩行距離は台地直登3回分+藪漕ぎを含む歩行距離は平地換算にして約15km。
なお午後5時過ぎのために断念した「木下街道」沿いの竹林中の土塁状地形も合わせれば4か所に...(苦笑)

復路は久しぶりに国道16号経由で。
夕刻にも拘わらず呼塚交差点の交通渋滞も殆どなく快調そのもの。
途中野田市郊外の餃子の王将で夕食。
しかしこれが結果的には仇となり、5kmほどの事故渋滞に遭遇し30分以上のロスタイム。
かくして復路の所要時間も3時間。
往復約150km、所要時間6時間15分を要した甲斐があったのかどうかは自分にも分らず。

拍手[0回]

明日の天候は、風邪ン強さを別にすればまあまあ。
体調の方も、ほぼ6割方回復。

そこで現在下記のプランを思案中。
探訪プラン1 今季最後の下総--気力がいまひとつかと
探訪プラン2 山北町方面--どうせ行くなら平日か?
探訪プラン3 静岡県小山町方面(先日の降雨の延長戦、降雨により痛恨の概念図未作成)--やはり遠い
探訪プラン4 栃木県市貝町方面ないしは足利市方面--やや資料読みが不足気味

やはり、道路事情や往復所要時間等を熟慮・勘案すると、ここは粛々とプラン1を遂行する宿命なのかとも。
いやそれ以前の問題として、朝何時に起きられるかという大きな問題もあるような(笑)

拍手[0回]

カロリー制限にも飽きて、夕方に二男(26歳)と共にサーティワンへ。
かつての食物アレルギーで乳製品とは縁の薄かった二男。
少年の日の熱い思いとは裏腹に、僅かレギュラーサイズ3個で撃沈。
食後のホットコーヒーで一息。
歯に沁み入る冷たさ、アルバイト店員のマニュアル対応に限界を感じたとか(笑)

一方シュミテクトと防寒着で対策を講じた管理人はキングサイズ5個を軽く完食。
人気のなさそうな小豆大納言と抹茶にラムレーズンほか2点。
「お持ち帰りですか」とのマニュアル対応に閉口し注文ストップ(苦笑)

ラムレーズンと小豆大納言だけならば、少なくとも10個の完食は可能なことが判明。
小さなカップをその都度注文するのも面倒。
500ml単位の注文があると便利かとも。

過去の食歴では、ハンバーガーは2個まで。
ラーメンは一杯が限度。
ケーキも2個まで。
大好きなオムライスも一皿まで。
最近凝っているカレーパンも8個で飽食。

他方焼き肉ならば20皿(+飯3杯)
ステーキ類も1Kg程度は可能(+飯大盛)。
ただしハンバーグは200gが1個まで。

「スシローの回転寿司」は、2月末に18皿を食べているので少なくとも20皿超えは可能。
今度は近所の「餃子の王将」で「餃子定食」+「餃子5皿」を食べてみよう。

拍手[0回]

本日は確実な雨模様の予報。
このため意志薄弱な管理人は出陣中止と思いこみ、集合時間から遅れること1時間15分(大汗)
史進さん、Mさん、どうかこの年寄りをお許しくだされ~


三増峠(神奈川県愛川町) 午前10時20分頃
説明する必要もない武田氏と後北条氏による著名な古戦場

生土城(静岡県小山町) 正午から13時40分頃まで
「駿河記」によると、管領一族上杉禅秀の叛乱により足利持氏が一時的に難を避けたとされる相模境の山城。
登り口とされる個所に佇み、この斜面を、この雨の中を、掴まるものとてこれ無く...下山の場合に訪れる悲劇(斜面での滑落+打撲+捻挫+擦過傷などなど)を想像して途方に暮れる3人組。

とはいえ、無類のお城好きの集まり故、申し合わせたように各人いそいそと登り支度を開始。
ここで健脚の史進さんの大活躍により安全確実な登攀ルートを確保。

しかし本日の気象条件の制約は大きく、縄張りの全容を確認するまでには至らずじまい。
限られた範囲の踏査とその地表上の残存遺構から観察する限りでは、後北条氏が台頭する戦国時代以前の削平地と切岸を中核とし堀切、腰郭群などから構成される比較的小規模な山城であったようにも思われたのでありました。


雨脚は終始止むことは無く、遅い昼食ののちに小山町立図書館にて資料漁り。
推定開架蔵書冊数約5万冊の図書館とは思えないほどに郷土誌関係が充実。
これも資料収集の拠点確保という意味では大きな成果に。
図書館を退館した時点では辺りには物凄い霧が発生し、信号機が識別できる視界は50m未満。
これもこの地方独特の気象条件のひとつなのかも。

拍手[0回]