本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
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武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
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定年を過ぎました~
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「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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手持ちの資料には食用・薬用として記されているノゲシ(キク科、別名をハルノノゲシとも)の若葉。
自宅のに葉には例年になく豊作(草むしりをサボっているだけ)
なお生でも食べられるとありますが、流石に苦みがきつすぎて敬遠(家内が実験台)
よく水で晒して昨日、本日とあくまでもほんの少量ですが、其々塩茹でとバター炒めで食べてみました。
予めよくゆでた後に水で晒せばさらに苦みが消えそうです。
黄緑色の新しい葉ならばどちらの調理法でもそこそこ味わえることを実体験してみました。

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二ツ山城の再調査のため先月30日に続いて富岡市へ
前回の経験からストック、ヘルメット、ゴーグル+αという装備に変更

藤田城(富岡市) 10時00分から10時25分

二ツ山城への経路のため必然的に通過。
そのついでに堀切跡と南尾根腰郭並びに削平地(戦後の植林等に伴うものか)を確認。


二ツ山城(富岡市) 10時35分から13時10分

前回は消化不良気味に終始したので、再訪にあたり地形図を詳細にチェック...したはず。
しかしその結果は捗々しいとはいえず。
乏しい成果の内訳は、前回の地形の北西に続く「堀切1条」(下記画像)と「削平地」(8m×25mほどの郭状の地形)だけでした。

二ツ山城の堀切
二ツ山城の堀切

今後における気力・体力を勘案すると、この先3度目の調査は無いものと思い、標高約550mの「二ツ山」そのものの山頂部自体も確認しましたが、山崎一氏作成の縄張図に相当する地形はとうとう見出せませんでした。
都合2回の調査結果を概念図に表しますと、完全に2か所の遺構群に分かれてしまうことから益々同氏の縄張図(単郭、腰郭)からは遊離していくのであります。
ことによると、「中世城館報告書」の編纂過程で何らかの齟齬があったというのも一つの見方なのかとも。
こうした点については藤岡市の三ツ山城に酷似しているようにも。

未だ日差しは高く、風もなく穏やかな日和。
日没まではたっぷり時間があったものの、急斜面を連続して上り下りしたことにより足回りが限界に。
このため以上2か所の再訪のみに。

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あ、飲食店の掲示ではありませぬ。
先月30日に訪れた富岡市の二ツ山城の話題です。
その後、関係資料を精査して所在地を推定。
「中世城館報告書」に記された位置からは、さらに北西に400mほどすすんだ地点に所在する標高550mピーク付近が如何にも怪しそう。
等高線の形状、複数の腰郭の位置と方向などから見る限りではまず間違いがなく。

いままで山城分野については所在地の推定を誤った経験はほぼ皆無。
そういう意味では群生する棘に行動を阻まれたとはいえ、今回の一件はかなりの恥辱なのかとも。
ただいまフル装備で再挑戦を果たそうと準備中。
ただし発症中の腰痛さえ軽減されればの話ですが(汗)
現地は多少標高がありますが、棘もふくめた草木の生育環境に鑑みれば探訪可能なのは4月半ば頃までと推定を。
こうしている間に山城の季節はうつろっていくのでありましょうか。

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所用のため今月の中旬に大阪に出かける予定。
このさいなので、所用の方はとっとと済ませる方針。
即ちあわよくばと、京都市内の史跡探訪を計画。
ただし行動可能時間は新幹線の都合で約6時間前後。

絞り込んだ探訪先は左京区を中心に精選17か所。
うち城郭関係は約10か所。
移動のための時間を無視しても、1カ所当たりの時間配分は20分程度(呆笑)
瞬間移動でも行わない限り不可能なことは自明の理。
石碑だけのところは夜間巡回という選択肢ありうるが、観光地とはいってもこれは常識的に考えるとかなり怪しいかも知れない(爆)

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仕事に関連するブログは久しぶりかと。
本日3月末日付を以てようやく定年退職。
大学卒業前から勤務していたこともあり、勤続年数は38年2ヶ月に。
昔はこのあたりの線引きが、おおらかであったのかも知れず。

別段これといって感慨深いものもなく、走馬灯のようにかつての記憶が頭をよぎることもなく本日という日を迎えたのでありました。
このさい記念品や花束はその一切を辞退することとし、相当額につきましては東北地方を中心とした大地震災害の方へ寄付することといたしました。

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