| 09 | 2026/10 | 11 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
子どもの時から眠るのが好きだった。
従って夏休みなどの長い休みはこの上もなく嬉しかったことを記憶している。
遊んだり外出したりすることよりも眠ることが何よりの娯楽であったのかも知れない。
このため社会人となって長期間の休みがなくなることが著しく耐えがたい環境であった。
寒さの染みる冬の朝などは、あと1時間とは言わないまでもあと10分眠れたらどんなに幸せだろうかと思い続けてそのまま38年が経過してしまった様な気もする。
さて、めでたく定年を迎えてからは、正にほぼ毎日が日曜日になってしまった。
それゆえ眠れることのありがた味が次第に薄れつつあることは紛れもない事実である。
あと20年も経てば永遠の眠りが待ち構えているというのにも関わらず、相変わらず眠い日々が続いている。
朝食後、昼食後と昼寝をすることもしばしば。
3時間寝たのちにたった1時間しか起きていないうちに眠くなることも珍しくはない。
どうしたものかと考えたところで昔から眠ることが好きだったこともあり、この期に及んで今更どうすることもできないでいる。
タイトルの本は、嵐山光三郎氏が記した年をとって初めてわかる日常の些事について独特のユーモアを交えて綴ったもの。加齢に伴う体の劣化を楽しむという姿勢に共感しつつもどこか悲しみも感じるエッセイ。
崩れていく自分の人間性を恍惚として眺めるという境地には到底辿り着けそうもないが、こと眠たさに関しては大いに共感するところがある。嵐山氏の本は90年代の初め頃に数冊を読んだ記憶がある。その文化人との交流範囲の広さ、著者の博識が嫌みの無い程度にちりばめられ嵐山節は今も顕在の模様である。
なお、たまたま同時に読んでいた地名に隠された災害史を記述した「地名は警告する」の編著者である民俗学者、地名研究者谷川建一氏(2013年8月没)に関するエピソードの記述が登場していた。これによれば谷川氏は著者の平凡社社員当時の上司でもあったという。数多の出版物が溢れる昨今では奇遇というるのかも知れない。なお、谷川氏の兄弟は日本エディタスクールの創立に関わっていたが、偶然にも現専務理事の方と面識のあったことを思い出した。
「週刊朝日」連載に連載された「コンセント抜いたか」のシリーズを加筆訂正して単行本化した作品である。
「年をとったら驚いた」嵐山光三郎著 2014年 新構社刊 1400円税抜き
