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城館探訪の季節が到来している。
先月は天候が芳しくなく、結局のところ新潟県南魚沼、湯沢と群馬県高崎市の2日のみ。
今月に入り孫の具合がいまひとつでもあったことから未だに出陣には及ばす。
思えば、昨年の11月は風邪を拗らせながら、2泊3日で岩手、青森遠征の後、再び2泊3日で恒例となった福島県郡山市遠征。
それ以外にも日帰りで、群馬県北部へ合わせて2日間。
累計で8日間も出かけていた。
そのあと12月に入り、2泊3日でこれも恒例化しつつある滋賀県甲賀市遠征。
と、そこまでは順調だったのだが、そのあとはエネルギーが切れたらしく翌年3月下旬まで冬籠りとなった。
しかし、今年は未だに単独での遠征計画は皆無である。
昨年同月並みの気力は無いようだ。
尤も計画を立てたとしても、孫の具合次第ということもある。
とくに新幹線移動は格安のビジネスプランを利用しているので、事実上キャンセルが効かない。
事実、今月に入り既に2日間は孫のお守であった。
明日はミニオフで再び新潟方面遠征である。
天気予報が小刻みに変わっているが、概ね降雨に見舞われることだけは無いかも知れない。
尤もトンネルを抜けると・・・ということもあるのだが。
この年齢になってくると、去年はできたのだが今年はできないということが増える。
運転免許返納もあと数年以内と考えるようになってきている。
それでも今月中にあと1日くらいは出かけるという算段だけはしている。
たぶん高崎市、中之条町方面になるだろうとも思う。
と、ひととおり回顧したうえで、こうした自己の状況をメモしておかないとコロッと忘れてしまう。
どうも、そういう年代に差し掛かってきた、そんな気がする。
昨日は台風21号が日本列島の関西地区を横断し、その強風による大規模な被害が発生した。
近年は地震、水害などの自然災害が頻発し、何やら地球環境のメカニズム総体が大きく変容しつつあるようにも感じる。
地震災害を別にすれば多分に人類の営みに起因する要素も少なくないのかも知れない。
さて自宅のある埼玉県南では風速20m前後の強風が正午過ぎから深夜まで吹き荒れてはいたものの、恐らく県内では特に目立った被害は発生していないらしい。
当家では強いて言えば重量にして15Kgほどのプランターボックス(土入り、ベゴニア3株)が、強風で転倒していたくらいのものであった。
ベゴニアの茎は酷く折れていたこともあり、毀れ種から発芽増殖してしまったトレニアの株と入れ替えてみた。
それにしても今回のように12時間前後も強風が継続したのは、ここ50年ほどの間では余り記憶に無いように思う。
尤も1965年頃?に襲来した台風の時には、当市内(当時は町)でも数百戸の住宅の屋根(トタン葺)のが捲れ上がるなどの被害が発生したことは記憶にありそのイメージも残像のように残ってはいる。
また全く別の台風なのかも知れないが、大雨により荒川支流の柳瀬川が氾濫し、その両岸の水田地帯が約1週間ほど冠水し恰も湖のようになっていたことも記憶にあるのだが、既に半世紀以上も前のことであるので少しずつその辺りの記憶が曖昧となってきたらしい。
55年ほど以前、都内に在住していた折には、家屋の床下浸水を含む経験は何度かあるのだが、さらにその記憶は薄れてきている。
なお当時の自宅は元はといえば水田跡であり、石神井川の支流である旧谷田川の氾濫原のような地形であったという歴史的背景を明確に認識したのは未だ十数年前のことである。