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かくして月末の金曜日辺りに単独で出かける目論見は見事に画餅と化した。
先月11月は今年5月の20日間には遠く及ばないものの合計にして7日間の守役。
今月は4日くらいは外出を考えているのだが、すべては孫の体調次第なのである。
今のところお腹の方は回復したようだが、いくぶん風邪気味のように感じられる。
さて、来週末はどうやら本格的な寒波が襲来するらしい。
このため10日間予報では関東北部では雪または霙模様と予想されている。
そろそろ転進の季節を迎えたようだ。
昨年は遠征疲れなどの影響もあり、12月中旬から3月末までは冬籠りをしてしまった。
11月は4度の出陣が叶ったことも影響したのか、幸いにして足回りの筋力の低下が緩やかになっているようだ。
この状態を維持すべく来春を迎えたいものなのだが、あまり先のことは分からない年代となっている自分の存在に気づき暫し愕然としている。
午前4時10分自宅発。
走行ルートはいつも通り上武道路を経由した。
現地到着時刻午前8時10分
この日は、軍曹殿とともに利根川東岸の城跡を巡った。
凸棚下の砦(群馬県渋川市)
午前8時20分から午前8時55分
春に訪れた時には、ものの見事に所在地を外した。
しかし今度はこれに続く再訪であるので、全く問題なく現地へと直行できた。
利根川の断崖越しに見える子持山の雄姿は相も変わらず見事の一言に尽きた。
「棚下の砦西端から子持山」
凸長井坂城(群馬県渋川市、昭和村)
午前9時10分から9時55分
前回の1年前に訪れた折には、ついつい主郭東側の土塁上を歩くという楽しさに心を奪われて、主郭枡形が明確に撮影できずにいたことが心残りであった。
果たして今回はどうなのであったのだろうか。
「長井坂城の主郭枡形」
凸阿阻城(群馬県昭和村)
午前10時25分から10時50分
この城跡は、長井坂城を始めとした棚下の砦などの城館群と比べて、余りにもあっけらかんという印象で整備されているので、ある意味で期待を裏切るようだ。
無論城跡には二重堀の一部と郭跡も残存しており、何よりも見晴らしがよく子持山。武尊山などの名峰の眺望が優れている。
「阿阻城の外堀と子持山」
駐車場も整備され城跡標柱、石碑、解説版も完備している。
しかし、平日ということもあるのか、今回も他に訪れてくる人影を目にすることは無かった。
◎加藤丹後守腹切石(群馬県昭和村)
11時40分頃
今回も森下城への途中に所在していることから立ち寄った。
民家脇に所在しているが、今回は車庫スペースの車がなかったこともあり撮影しやすかったように思われた。
凸森下城(群馬県昭和村)
11時55分から12時00分
この夏の台風の影響だろうか、解説版が以前よりも更に大きく傾きはじめていた。
凸猫の寄居(群馬県渋川市)
12時50分頃
敷島駅前の荒井商店で「まんじゅう」を購入する関係でついでに立ち寄った。
凸猫城(群馬県渋川市)
13時10分から13時50分
再訪なので、主に要所のみを確認。
西郭群の一部に残存している土塁遺構を再確認した。
このため所要時間は移動時間を含めても僅か30分であった。
アプローチの鞍部での藪が増えたようにも感じた。
加えて台風の影響と思われる倒木が目立っているようにも思えた。
「西郭の土塁」
時刻は未だ午後2時前ではあったが、そこそこしっかりと探訪できたこともあり、本日の打ち止めに。
1年前の同時期や半年前の春に比べて、総じて台風被害の倒木が目立っていたように思う。
また何れの個所も再訪地ではあるが、やはり相変わらず見落としが多いことを痛感した。
足元の方は二重、三重の備えを講じたこともあり、今回もおおむね支障はなかったように感じる。
長時間にわたりナビ&ご同行をいただいた軍曹殿に深謝申し上げます <(_ _)>
注記
再訪の翌日から私事が忙しく、このブログは12月1日に記述しております。
午前8時半に羽田城の麓付近に到着。
ここまでタイムスケジュールは当初の予定通りに進行していた。
しかし、山間の地域でのこの時刻の光線の加減は未だ弱いため、デジカメ画像が荒れ気味となった。
この時期ではデジカメでの撮影は、早くとも午前9時以降の方が良さそうだ。
凸羽田城(群馬県東吾妻町)
午前8時30分から午前10時10分
やはり主郭の北西角部分の堀切と横堀が交差する辺りの景観は相変わらず見事である。
主郭北側の堀切
主郭部北側の堀切の傾斜も急であり、ストック無ではやや厳しいものがある。
その反面南側の横堀では半年前に比して更に笹が伸び始めており、些か踏査がし辛くはなっていた。
むろん私有地であることを考えれば、立入等の制限が為されていないだけでも有難いというべきなのであろう。
前回は、東側の横堀は主郭部から俯瞰したのみに留まっていたが、今回は途中まで直接踏査したが、南東部の竹藪は更に見通しが効きにくくなっているように感じられた。
再訪なので、探訪のタイム・スケジュールは幾分前倒しに。
なお帰路は予定通りに地元の農園に立寄り林檎を購入し、吾妻川に架かる万年橋の南側から岩櫃山の絶景を鑑賞した。
岩櫃山
たぶん夕日の方が陰影が上手く表現できるのかも知れない・・・
凸岩下城(群馬県東吾妻町)
午前11時10分から12時30分
東郭群の三重堀切は健在だが、藪はいくぶん成長しているようにも思えた。
半年前は概ね尾根筋をそのまま進んでいくことが可能だったのだが、東側斜面への迂回行動を余儀なくされた。
東西の郭群を隔てている大堀切も健在なのだが、真横から撮影すると当該規模が大きすぎて画面に収まりきれない。
大堀切
また、西郭への斜行ルートも相変わらず崩れやすい。
それでも半ば無名に近いことから、この半年間に100人は訪れてはいないらしくどうにか歩くことはできる程度の荒れ方であった。
西郭の腰郭ではニホンカモシカの幼体に出会った。
こちらが少し近づくと、少し移動する。
なかなか彼我の距離は縮まることなく、北側の谷筋へとその姿を消した。
なお帰路は、自分の車の屋根が見えたので、東郭群の腰郭から直接小走り気味に駆け下りてみた。
また同じようなことを考えた方もおいでらしく、僅かながら踏み跡も残されていた。
下方に林道が所在し、かつ深い谷筋はなく比高差も約50mほどであるので、イノシシ罠などに留意すれば、問題が無いようだ。
むろんあくまでも自己責任には違いないのだが。
今回は自分の足回りの養生は万全の対策を講じてきたつもりなので、多少の負荷については特に問題なさそうな感触を得たのであった。
なお、この城に関してはほぼ道は無いのだが、いちおう踏み跡はあるので国土地理院などの地形図と当該縄張図くらいは必携するべきであろう。
むろんクマ除け対策もそれなりに。
ここでもタイムスケジュールが繰り上がり、昼食時間に余裕を持たせることが可能となった。
八ツ場ダムの東方に所在する「道の駅吾妻峡」にて、暫時昼食。
凸稲荷城(群馬県東吾妻町)
13時50分から14時50分
あくまでも気のせいなのかもしれないが、4月頃よりも幾分主郭部付近の雑草類が目立ったように思われた。
他方、西側に隣接した方形の郭群の方は下草となる笹などが刈り取られており、とても歩きやすく感じられた。
地権者の皆様方に感謝。
ここも再訪なのだが、明らかに主郭部の普請のレベルと西側郭群との差異は歴然としていた。
築城主体の相違若しくは、普請された年代の相違であるのであろうか。
主郭土塁上から虎口
この時期の日の傾きは予想以上のスピードのようで、午後3時を過ぎるとデジカメ撮影には不向きとなり、やはり早めの撤収が正解であった。
本日訪れたのは全て東吾妻町で、今年の4月に続く再訪であり、余り著名であるとは言い難いが、その何れもが一定の遺構が現存し、かつ城址標柱や解説版などの類は未設置である。
なおこの日は「みかづきぼり」さんにご同行願った。
一人の場合には、近年は余り再訪はしていないというか再訪する機会がない。
再訪して初めて分かる部分もあり、むろん見落としや勘違いなども正すことができる。
以上、いちおう山城3か所ではあるが、実際の累計比高差は150m未満なので、最近衰えの目立つ足回りでも未だ何とか対処できているようだ。
早朝からの遠征にもかかわらず、ナビ&長時間にわたりお付き合いいただいた「みかづきぼり」さんに深謝申し上げます。
