本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
カレンダー
12 2025/01 02
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 11
12 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新CM
(07/01)
(11/09)
無題(返信済)
(12/17)
(10/13)
(03/22)
最新記事
最新TB
プロフィール
HN:
武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
性別:
男性
職業:
定年を過ぎました~
趣味:
「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
アクセス解析
フリーエリア
[33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43]
今月は2回ほど孫の芽依ちゃんのお守をする予定があります。
そのうちの1度目は一昨日から今日までの2泊3日。
次は2週間後での1泊2日の予定です。
お守をしているときはすべてに優先するので基本的に何もできません。
またこれに伴いその前後の2日くらいも準備や疲労などにより行動に制約が出てくるようです。
たぶん今月はこうして過ごしていることが多く、外出はもとより更新作業も捗ることはなさそうです。
そうこうしているうちに、どうも「夏かぜ」がうつったらしく昨日から喉の具合が思わしくなくなりました (^^ゞ

拍手[1回]

先月の20日頃からボチボチと始めたサイトのchrome対応がとりあえずひと段落しました。
細かい部分は手つかずのものもありますが、大きく画像がずれている個所とそれにより文字の判読が困難となっていた部分については概ね訂正済みとなりました。

このため本日より漸く未更新在庫の整理作業に戻りました。
手始めは3月に訪れていた伊勢崎市内のほぼ無名に近い屋敷跡です (^^ゞ
暫くはこうしたマイナーな個所の更新ばかりが続くものと思われます。

関東地方は現在梅雨の最中ですのでなかなか出かけるという機会もありません。
梅雨の晴れ間、或いは安定した曇り空が続けば動けるかもしれませんが、何分にも加齢に伴う体力と気力の減退が進行しております。
このため活動の再開は今秋以降となるかも知れません。

拍手[2回]

最低限のchrome対応仕様に補正する作業の続報です。
どうにかようやく見通しがついてきました。
先日から半月以上を費やしておりましたが、本日の作業で残りあと12件ほどになりました。

このほかに群馬県、滋賀県などと同仕様の城館一覧メニューの作成、作成?した縄張り図の一覧表(たぶん約100件ほどかも)の作成なども視野に入れております。

むろん600件を超える未更新分の地道な作業も残されておりますが、ここ数年の間に年齢的な視力の衰えが限界にきておりますので、もはやその全てを更新することは断念しております (^^ゞ

拍手[1回]

先日の高校のクラス会でふと気になったことがあり古いアルバムを久しぶりに眺めてみました。
子どもが生まれてからは慌ただしい日々が続いていたことなどもあり、たぶんしっかりと眺めるのは50年ぶりかも知れません。

もともとは修学旅行時の「彦根城」の画像を確認するのが目的でもありました。
すると当時の同級生とのハイキングの画像に目が留まりました。
たぶん高校2年の頃に奥武蔵の低山ハイキングを企画した当時のものです。

写真を見る限りでは参加者は男子8名、女子5名の以上13名でした。
そのなかのセルフタイマーで撮影した男子のみの集合写真に目をやると、忘れていた青春の時代が蘇ってきます。

なおそのうちの一人は開業医でそこそこ成功しましたが、医者の不養生なのか50代の前半で逝去。
もう一人のスポーツマンであった土地家屋調査士の会社を経営していた同級生も還暦を前に亡くなっておりました。

ハイキングに偶々集まった8人の内何と25パーセントが死去・・・そういう年代であることを改めて実感しました。
画像はたぶん52年ほど前に撮影した彦根城です。
写りこんでいる人物は同級生、または同窓生の可能性があります。
だいぶ以前の画像でもありますので、顔のモザイクはかけておりません。

拍手[2回]

先週15日の土曜日は池袋西口の中華料理店にて高校のクラス会がありました。
出席するのは16年ぶりですが、2011年頃にも開催されたという話もあるようです。
その辺りの記憶が最早明確ではない年代同士の集まりなので余りはっきりとはしませんでした。

この16年の間に担任の教師は元より、同級生が少なくとも開業医を含めて既に4人が他界しており、ほかに「消息不明」の方が数名ほどであることが分かりました。
他界されたうちの一人は比較的親しかったのですが、卒業後は疎遠となってしまい今年の1月に逝去したことをこの日に知ったような次第です。
3年間を通じてクラス替えが無かったということもあり、今でもその当時の元気であった面影が頭の中に浮かんできました。
またそうした同級生がもはやこの世には存命していないという厳然とした事実があるのにも拘らず、哀悼の意も含め一向に頭の方が追い付いていかないというもどかしさも感じました。

さて次のクラス会はいつごろ開催するかという話題も出ておりました。
区切りである古希記念になどという話も出たようでしたが、いずれにしても次回の開催時には確実にまた何人かが他界しているということになるのかも知れません。
会の運営が大手商社役員等が取り仕切るというあまり居心地の良くない感触もありましたが、同級生がどのような終活を迎えようとしているのかということもあり、どうにか存命していれば参加するのも悪くは無いようにも思えました。

こうしてみますと実際のところ次のクラス会まで生きているかどうかが一層不透明な年代に差し掛かってきたことだけは確かなようです。

拍手[1回]