本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
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プロフィール
HN:
武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
性別:
男性
職業:
定年を過ぎました~
趣味:
「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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自分の居住地は例のプール事故で全国的に名を知られることとなってしまった「ふじみ野市」。
お盆には一日早いものの、家内と事故の起こった場所の臨時の祭壇にて献花。

子どもたちの小さかった頃は夏になるたびに幾度となくお世話になった施設。
久しぶりに見る市民プールは明らかに施設全体が老朽化したという印象がまざまざと。
それゆえ本来施設の安全管理にはより一層細心の注意を払うべきところ、委託業務管理の杜撰さが次から次へと明るみに。
有権者としてこうした杜撰な行政運営を許容していたことに対する自責の念も。

さてこの後家内は実家へ赴きお盆の支度の手伝い。
併せて「ちゃっぴー」がお世話になった隣家の老婦人にお礼とお悔やみを。
人の命と動物の命を同列に考えることは非常識とは思うものの、身寄りが殆んどいない隣家の方にとっては、まさに「わが子同然」の存在。
お礼とお悔やみを申し述べている最中も、その憔悴した様子が痛々しく。

事故で亡くなられた女の子のご両親の心中は如何ばかりかと。
天国というものが存在するならば、人懐こかった「ちゃっぴー」が亡くなられた女の子と仲良しになってくれればなどと...返す返すも悲しい事件で命の重さというものを再認識した一日。

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国道254線沿いの建設会社の敷地に所在している北条氏邦の馬上姿。
しかし何処となく威厳に欠け、馬の表情も明らかに笑を誘うのでありました。
その都度リフォームされているようですが、記憶によれば彼此30年以上になるように思われます。(明らかにネタ切れか...笑)


北条氏邦乗馬像
2005/05/07 撮影

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以前は長男の飼い猫でしたが、事情により家内の実家で面倒を見てもらっていたネコの「ちゃっぴー」(推定年齢5歳)が亡くなりました。
家内の母が亡くなる1年ほど前に長男が車で連れて行ったという記憶がありますので、おそらくもう4年以上お世話になっていたと思います。
約1年後に義母が亡くなったあとは、お隣のネコ好きの方に自分の家のネコのように可愛がられていたので、とても幸せな一生だったと思います。
いまどきの猫にしてはしっかりと鼠を捕まえることもでき、刺身のぶつ切りが大好物のネコでした。
面倒を見ていただいている方がある程度高齢なこともあり、もしもの時には自分が引き取ろうと考えていました。
年にほんの二、三回しか逢っていませんでしたが、のそのそと近寄ってきて膝の上で寝そべるようなとても人懐こい性格でした。
好奇心が強く人懐こい体の大きなネコで、バイクに轢かれて傷だらけになってもやがて元気に回復。
そんな生命力の強いネコでしたので、俄かに信じがたいあまりに早すぎる死でした。
合掌。


2歳頃の「ちゃっぴー」
2歳頃の「ちゃっぴー」

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江ヶ崎城のコスモス
「江ヶ崎城」の秋桜の花
2006/07/31 撮影 晴れ

1ヶ月以上も体調を崩してしまったことと梅雨時でもあったため、6月19日以来の事実上今月初めての訪城を敢行。
この1月以上の間は、運転時間はせいぜい片道40分が限界という情けない状況。
しかし、合計4時間近いと思われた運転自体は目出度く何とかクリア。

凸閏戸吹上遺跡 11時30分~正午
 老人保健施設の建物建設に伴い堀跡と井戸跡などが発掘により確認された中世城館跡とのことのようで、「埼玉の中世城館跡」などにも掲載されていません。
不勉強のためそれ以上の詳細な情報は入手していません。
この場所も東北新幹線の高架橋から僅か150メートルも離れていない見沼代用水が直ぐ西側を流れる綾瀬川の低地をのぞむ台地の西端に所在しています。
現在の台地と水田面との比高差は最大で5mほど。
施設の南側に続く平地林の中が気になり、至る所に張り巡らされた蜘蛛の巣をかき分けて人工的な地形の有無を確認しようとしたものの特にこれといった成果は得られず仕舞いに。
この付近は古墳時代中期の住居跡も検出された複合遺跡らしく、確かに西側に広がる低地の見晴らしは頗る良さそうでした。


凸馬場堀ノ内 12時15分~12時35分
 蓮田市立黒浜小学校の南側の谷津を挟んだ対岸に所在すると思われる城館跡。
別名を野口氏館、新井堀の内などとも呼ばれているようです。
近くのファミリーマートで「午後の紅茶レモンティー500ml」と「ジューシーハムサンド」を購入。
徒歩にて黒浜小学校の南側の細い公道を西へと向かい、途中舗装道路と別れを告げて低地へと下る細道にすすんで行きました。
すると目の前にいかにもそれらしい約比高5mほどの差鬱蒼とした平地林の台地が出現。
さらに堀跡かどうかは全く定かではありませんが規模の大きな水路跡も台地の右手に現存。
これで土塁跡の痕跡でも確認できれば喜び倍増なのですが、残念ながらそれほどものごとは都合よく展開するには至らず。
台地手前の近年のものと思われる盛り土が気になるものの中世初期頃の館跡の立地条件には相応しい環境を備えているようでした。


凸江ヶ崎城 12時45分~13時50分
 城趾近くのセブンイレブンで「濃い目の伊右衛門500ml」とツマミを購入。
駐車した場所の近くには「江ヶ崎城」の看板と立派な石碑が所在。埼玉県知事に就任する以前の参議院議長だった某政治家の揮毫によるもののようでした。
上部には蔦がかなり絡んでいたので、流石にこれでは一見何の石碑か分からない状態。
そっと石碑に絡み付いている数本の蔦を取り除かせていただくことに。
城跡の外郭部のそのまた外側の道を時計回りに一周して、東側の水田地帯の低地部分からその遠景を撮影。
北側の造園業を営んでいると思われるお宅の道路沿いに見方によっては土塁跡のようにも見えなくもない地形が所在。
流石に撮影するのは憚られましたが、脇の方から拝見すると竹林の中に平行して堀跡状の溝のような地形も見え隠れ。
外郭部分の遺構にしてはやや北側に寄りすぎているので、近世の名主階層の屋敷の構堀のように年代的には新しいものである可能性もあるような。
地形的には比高差は3mに満たないものの北側と東側に低地が広がり、南側には用水路が流れるという半ば独立した大宮台地の一部となっていました


体調は概ね回復しているものの体力自体が相当低下していることが予想されたので、訪城した城館数も3ヶ所に抑えて炎天下とはいうものの合計の歩行距離は僅かに5km足らず。
それにも拘らず、最後の方はやや歩き方も覚束なく息も絶え絶えに(^^;
この後、近くの久伊豆神社に出向く予定でしたが、後日のことを考えて断念を。
暑さには特に弱い性質、当面は一日当たりの訪城数をできるだけセーブしながら、気長に体力の回復を目指さなくてはと感じた「城館めぐりの復活」なのでありました。

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お蔭様で7月27日推定時刻午後11時15分ごろに累計のアクセス件数が8万件に到達しました。
今までにご覧いただいた皆様に深く感謝申し上げます。

実を言えば夏休みに入ってアクセス件数の減少がやや目立ち始めていた所です。
そんな訳で、心機一転HPの更新に励みたい所でありますが、何分体調不良で服用中の薬の副作用のためパソコンの前で作業ができるのは1時間が限度のようです。
現在「伊奈城」(伊奈氏陣屋)を編集中ですが、結果的に居眠りをしている時間の方が長いようで遅々としてなかなか捗りません。

こんな怠惰なサイトではありますが、蝸牛の歩みを手本にしてあまり焦らずにじっくりと構えていこうと決意したのでありました。

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