本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコ(※2019年11月末に天国へ)などの話題に終始しております (2009/05/21 説明文更新)
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武蔵国入東郷の地下人小頭@和平
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定年を過ぎました~
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「余り遺構の無い城館跡めぐり」と「ネコいじり」並びに「観葉植物の栽培」など数だけは
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確実にいえることは、現在左肩の関節の筋を痛めている模様。
思いあたる原因は最近では3つほど...要するに左手でものを持つことなど肩に負担ががかかる行為一切が。
特に車のシートベルトをセットするときなどに左手を使用すると肩の筋肉に鋭い痛みが。
なおついでながら左手の手首も軽い捻挫。

というような次第で極上の晴天とはいえ北西の季節風が吹きすさぶなかを、このような状態でのこのこと出かけるわけにも参らず自宅で大人しくHPの更新を。
とはいえ左の首筋付近にも痛みが移動してきたため、余り長い時間PCの前にもいられず。


武州松山城総曲輪の土塁
武州松山城総曲輪の土塁
2007/02/23 撮影

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予想通りの雨模様のなか、仕事がらみで「吉見百穴」「武州松山城」方面へ。
計画では引率するグループを二分して、古代の横穴墳墓の方はもう一人の担当者に任せることに。
従ってこのままの状態だと消去法により、当日は素人同然の小生が案内兼説明担当となる公算にて(汗)

そうはいってもさすがに3度目の訪城なので、凡その郭群の名称と配置くらいは頭の中に入っておりました。
このため予定していた東側の大手口方面から本郭を目指すルートは、小雨の中でも些かも滑ることなく最も歩きやすいコースなのでありました。


武州松山城大手方面
東側から眺めた武州松山城大手方面
2007/02/23 撮影

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高齢者のボランティアの方々を引率していく研修先を物色中。
とりあえず明日が下見の予定。
然し天候はたぶん雨模様かと。

そういえば昨年もそぼ降る雨の中を秩父の旧吉田町まで往復した記憶が。
今回は吉見町を予定しているので至って距離も近いこともあり気が楽。
さて計画では「吉見百穴」を見学するグループと、「武州松山城」を見学するグループに分けるつもりにて。

2年前に鉢形城を訪れた際には途中で引き返す人が過半数に達し、結果的に鉢形城の中を一人で走り回ることとなった次第。
そうした経験を生かすべく石段の所在する搦手は避けて、大手口とされる平坦な個所から本郭を目指すルートを検討。
かくてますます仕事と趣味がボーダレス化していくのでありました。

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今週の19日(月)の帰途は来月3月中旬以降に探訪を予定している越生町を経由。
時々見通しの良い個所で車を停めて周囲の地形を観察。

然し何故今まで「高取山城」に出かけていなかったのか自分でもよく分からず。
平地の城館跡からスタートしていたこともあり、一昨年の秋ぐらいまでは攻略に時間と体力を要する山城を敬遠していたことも偽らざる事実にて。
なまじ昔少しばかり山歩きをしていたことが災いして、「山=道に迷う=遭難」という三段論法の図式が頭に浮かび必要以上にナーバスとなっていた感も無きにしも非ず(苦笑)

ところで遺構としての残存状況は断然山城の方が良いというのが一般的常識。
このことさえも実を申せば試行錯誤の累積により牛の歩みの如くに理解し始めたのはごく最近のこと(冷汗)
自ずから限られた体力、気力、記憶力を可能な限り効率的に配分することを心がけ、今後どれくらいの城館跡を訪れることができるかどうかについては取りあえず未知数としておきたい昨今なのでありました。


高取山城
無名戦士の墓へ向かう遊歩道より
高取山城を望む
2007/02/19 撮影 
日没直前のためASA400を選択

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昨日は越生方面に向かうべく、小川町の「青山城」の近くの県道を通過したので麓から記念撮影。
付近に車を停めるような適当な場所がないため、どうしても「青山簡易郵便局」の建物の見える同じ位置からの撮影となってしまいました。

足が元気なうちに、一度は仙元山から「青山城」「物見山」「小倉城」と縦走を試みたいのはやまやまにて。
正味にして3時間30分、探索時間を含めても6時間もあれば十分かと。
然し、現状では途中で膝に来ることは間違いがなく..飯能の日和田山から越生の無名戦士の墓まで地図と方位磁石を頼りに約6時間で歩き通せた35年前の自分がとても懐かしいのでありました。


「青山城」(埼玉県比企郡小川町)
「青山城」(比企郡小川町)
2007/02/19 撮影

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