本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコなどの話題に終始しておりまする。なお2007年末から漸く群馬方面へと進出し、2008年6月には福島中通り方面、11月には栃木県南、12月には茨城県南、2009年2月には千葉県北部、5月には山形県村山地方と少しだけ領域を広げ始めております。              (2009/05/21 説明文更新)
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飯能市坂石町分に所在する「りゅうがい山」の西側の自然地形。
浸食された見事なV字谷のように見えますが、幅が3mから5mほどと狭いため地図などには掲載されていません。

深さは4mから5mの個所もあります。
然し、何処となく不自然で人工地形の印象も。
ことによるとこの地域は西川材の山地であったことから、杉の伐採などに伴う搬出ルートである「修羅」の跡なのかも知れませんが。



V字型の谷
V字型の谷
2007/01/22 撮影

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シュラ説!
山のシュラ説、そこまで考えているとは恐れ入りました。
しかし・・・りゅうがい山の名前のなんと多いことか。要害が訛った説が有力のようですが、すべてリュウガイという読みに変化していった過程は何?と思ってしまいますね。
左馬助 URL 2007/01/25(Thu)09:36:03 編集
Re:シュラ説!
コメントありがとうございます。

山から切出した木材運搬の手段としては、この地域ではおおむね「木馬」と「修羅」の二種類があるそうで、V字谷の地形を利用し構築するのは「修羅」のようです。
「木馬」については、40年以上以前には幾度も目にした記憶がありますが、「修羅」の実物はこの目で見てはおりません。
このためあくまでも、かなり根拠に乏しい憶測です(汗)

なお、このV字谷自体は極めて幅の狭い尾根上に形成されているとともに、その上部は緩やかに北側に傾斜した平坦地が広がっています。
このことから長年にわたる雨水等による侵食とは考えにくいものがあり、谷の源頭部でもないことから人為的な地形の要素が強そうに思われました。
どちらかといえば「人為的遺構」には違いありませんが、林業の衰退時期や機械化などの背景を想定するとおそらくは「50年もの」ぐらいかと(苦笑)

また「要害」から「りゅうがい」「りょうがい」への転訛事例は県内だけでざっと指折り数えても20ヶ所前後は在するようです。
その全てが、「中世城館跡」との関わりを持つものなのか、転訛の経緯も含めて大きなテーマとして捉えて参りたいと存じます。
分からないときの常套句でございます(冷汗)
「埼玉県内が一段落した時点でまとめること!」と目の前の資料棚に貼り付けたメモには書いてあるのですが...何年先になるのか自分にも分かりません(笑)
【2007/01/25 20:20】
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