本来は中世城館跡めぐりがテーマのはずでありました。もっとも最近は加齢と共に持病が蔓延し本業が停滞傾向に...このためもっぱらドジなHP編集、道端の植物、食べ物、娘が養育を放棄した2匹のネコなどの話題に終始しておりまする。なお2007年末から漸く群馬方面へと進出し、2008年6月には福島中通り方面、11月には栃木県南、12月には茨城県南、2009年2月には千葉県北部、5月には山形県村山地方と少しだけ領域を広げ始めております。              (2009/05/21 説明文更新)
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家内の親類筋へ旧盆の挨拶回り。
ついでにブルーベリージャムを購入すべく堂平山へ。
比企方面では有名な「とうふ工房わたなべ」でも販売しているとのこと。
幾度も訪れているため、ここは店の前をそのまま通過。

旧玉川村は家内の母方の実家が。
都幾川沿いには、子どもたちが小さい自分にお世話になった家内の親友宅も。
懐かしの山頂を目指して、一路県道172号線の山道をゆっくりとミニ四駆で上っていった。

山頂を訪れたのは、たぶん35年ぶりかと。
最初に訪れたのは、奥武蔵グリーンラインが完成する遙か以前の、白石峠の林道が工事が開始されはじめた1960年代の中頃だったかと記憶。
早朝から越生の黒山三滝方面から登り、関八州見晴台、刈場坂峠を越えて、白石峠を経て大霧山から粥仁田峠を経て皆谷のバス停まで歩いたこともあったような。

あの頃はたしか中学生か高校生の頃だった。
足腰も元気で、尾根筋にあがると、走るようにして歩いていた。
下り道も、膝のバネを使い走るようにして、坂道を駆け下りていくことが出来た。
今は腰椎ベルトに膝ベルト装着で、よたよたと歩くような年齢になってしまった。
そんなこんなで、錯綜した思い出が走馬燈のように脳裏を駆け巡る。
今は亡き両親も健在。
人生の四分の三を過ぎた自分が、存在していること自体があやふやとなり、まるで長い夢を見ているようにも。

現在は天文台も地元に移管され、山頂付近にはキャンプ場が整備。
個体数は少ないと思われるものの、熊出没注意の掲示がされていた。
標高800メートルを超える場所なので、少しは涼しいかと思いきや、やはり日中の暑さはかなりのもの。

その後は、予定通りに家内の実家、家内の叔母、伯母宅を回り帰宅。
運転所要時間は、延べ約4時間半ほど。
紫外線の影響か、年齢相応の白内障の関係か分からねども、明らかに眼精疲労で目が染みた。

 

 

 

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